いちばん悪いのは?

承前*1

今年6月に元農林事務次官の男が息子を刺殺した事件。裁判員裁判ということもあって、もう第一審の判決が出ている。懲役8年の求刑に対して懲役6年という判決*2。これが重いのか軽いのかはわからぬ。人を1人殺しておいて、さすがに「執行猶予」はあり得ないとは思うけれど。
今回取り上げるのは判決以前に出た記事。
『日刊スポーツ』の記事;


妻涙声で「刑を軽くしてください」元次官息子刺殺
[2019年12月11日23時8分]


東京都練馬区の自宅で長男熊沢英一郎さん(当時44)を刺殺したとして、殺人罪に問われた元農林水産事務次官熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判の初公判が11日、東京地裁(中山大行裁判長)で開かれた。被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。検察側は長男の家庭内暴力から殺害に至ったと指摘。妻宛てに書いた「これしか他に方法はないと思います」と長男殺害をほのめかしていた手紙も読み上げられた。

  ◇  ◇  ◇

熊沢被告は黒いスーツに青色のネクタイ姿で出廷。罪状認否ははっきり応じたが、やつれた様子だった。

冒頭陳述によると、長男は中学時代にいじめを受け、母親に家庭内暴力を振るった。大学進学後は1人暮らしを始めたが、事件1週間前に実家に戻った。1人暮らししていた家のゴミをめぐり立腹し、被告に暴力を振るった。被告は長男を恐れ、妻と2階の寝室にこもった。検察側は事件直前、被告がインターネットで「殺人罪」や「量刑」を何度も検索した履歴があったとし、計画性を主張した。凶器の包丁は農水省の治水事業の記念品だった。

弁護側は長男が統合失調症アスペルガー症候群と診断されていたと明かし「長年、必死で長男を支えていたが、暴行を受けて殺されると思い、とっさにやむを得ず刺してしまった」と主張した。

検察側は被告が事件前、原稿用紙に書いた妻宛ての手紙を読み上げた。「これしか他に方法はないと思います。死に場所を探します。見つかったら散骨してください。英一郎も散骨してください」。

証人尋問では弁護側証人として被告の妻が長男が中学2年~大学時代の7年間にわたり家庭内暴力を受けたと証言。被告が長男が住む家のゴミ出しをしたり、持病の薬を届けていたが、事件1週間前、被告が長男から激しい暴行を受けた。「(息子は)『殺すぞ』以外は言葉を発しなかった。本当に殺されると思いました」。

妻は、長男の妹は兄が原因で縁談が破談となり、数年前に自殺したと証言。妻も昨年12月に自殺を試みたが未遂だった。事件前に自殺未遂について被告に伝えると、原稿用紙の手紙を渡された。「長男のことを本当に一生懸命やってくれた。刑を軽くしてください。お願いします」。被告はギュッと目をつぶっていたが、妻が涙声で減刑を訴えると、思わず顔を伏せた。

事件後、被告が川崎市の私立カリタス小の児童ら20人殺傷事件*3に触れ「事件を知り、長男が人に危害を加えるかもしれないと思った」と供述したと報じられたが、公判では言及はなかった。【近藤由美子】

◆元農水次官息子刺殺事件 6月1日午後3時15分ごろ、熊沢被告は自宅で英一郎さんの首などを包丁で多数回突き刺し、失血死させた。英一郎さんは、いじめをきっかけに中学2年から不登校となり、家庭内暴力を始めた。10年以上前に実家を出たが、5月下旬から再び同居すると暴力が再開。熊沢被告は5月26日ごろ、妻に英一郎さんへの殺意を打ち明けていた。

◆8050問題 高齢の親が無収入の引きこもり中高年の面倒を見続ける中、親が要介護者となったり、経済的に苦しくなるなどの社会的問題。「8050」は双方の年代を意味し、大阪府豊中市社会福祉協議会福祉推進室長の勝部麗子氏が名付けた。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201912110000917.html

熊沢英昭という人*4というのは基本的に冷淡な人間なんじゃないかという印象を持った。自分の息子がいじめられたり自分の女が暴行されているのを傍目で見ながらどういう態度を取ったのか。さらに、この「上級国民」(笑)の家族の悲劇にはさらに悲惨な登場人物がいた。「妹」である。「長男の妹は兄が原因で縁談が破談となり、数年前に自殺した」。こういうことは、大日本帝国憲法と旧民法の下でならともかく、「両性の合意」*5以外は結婚の正当性を構成することがない日本国憲法と新民法の下では(規範的な意味で)起こってはいけないことだ。「妹」を自殺に追い込んだのはその兄ではなく、兄を口実に自分を捨てた男、或いはそのように圧力をかけたその親だろう。熊沢は、「長男」を悪役に仕立てて、そういう仕打ちに対して闘うことなく、むざむざと自分の娘を死なせてしまったわけだ。私見では、今回の殺人よりもこちらの方の罪が重い。私が驚き且つ怒ったのは、「長男の妹は兄が原因で縁談が破談と」なったことを、みな(反憲法的な事態であるにも拘わらず)自然なことと受け止め、これに対して驚いたり・怒ったりしている人がいないということだ*6。せいぜい熊澤夫妻に対する同情を増加する材料に使われているにすぎない。この寒々しさに較べれば、懲役6年が軽いのか重いのかなんて、些事にすぎない。

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/02/080357

*2:See 「長男殺害の元農水事務次官・熊沢英昭被告に懲役6年の実刑判決…検察側が見せた珍しい対応とは?」https://www.fnn.jp/posts/00049452HDK/201912161855_goody_HDK

*3:See eg. https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/28/224806 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/31/091525 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/01/210846 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/02/180014 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/05/235019 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/08/083238

*4:その少し詳しいバイオグラフィについては、「週刊文春」編集部「「妻はうつ病、娘は自殺」元農水次官に懲役8年求刑 わが子を数十回刺し続けた“エリート父”の思い」https://bunshun.jp/articles/-/19325 を参照されたい。但し、タイトルは判決後に付けられたものなので、妻の「うつ病」や娘の「自殺」が本文で言及されているわけではない。

*5:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150213/1423753689 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150220/1424402908 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150222/1424572403 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150314/1426355148 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170914/1505369036 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180417/1523987663 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/04/094751 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/08/02/073321 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/09/19/104055

*6:Eg. 「熊沢英昭に情状酌量は必要なし 娘の縁談破断と自殺 息子英一郎殺害の罪」https://honjitu.net/kumaawa-genkei