山水画に騙されて

おどろきの中国 (講談社現代新書)

おどろきの中国 (講談社現代新書)

橋爪大三郎大澤真幸宮台真司『おどろきの中国』の中で、橋爪大三郎*1は以下のように語っている;


EUがこんなにもたもた、まとまらなかった理由は、交通の困難にあると思う。アルプス山脈がある、地中海がある。移動のコストが大きい。
この地域には、アーリア人が入ってきて、ギリシア人、ローマ人になり、ゲルマン民族にもなった。どの民族も固有の言語や固有の文化・信仰をもったまま、ローカルな集団をつくって、溶け合わない。民族大移動があっても、どの集団がどこに移りましたと追いかけることができて、異質な集団のまま残るわけです。ふつうなら戦争になる。そこで、彼らは順番にキリスト教に改宗して、ひどい戦争をしないという道を選んだのではないか。
キリスト教とはようするに、情報ですから、物資を移動しないでいい。戦争もしなくてすむ。こういう均衡状態のもとで、野蛮で未開な段階から、そこそこ文化的な段階まで、ゆっくり千年以上をかけて進んできて、機が熟したからと、まず宗教戦争をやり、それから国民国家のあいだの野蛮な戦争を繰り返して、それも収まってEUになった。
中国は、この反対なんですね。アルプス山脈がない。地中海がない。真っ平らなので、移動のコストがとても安い。なので、戦争もやりやすいし、政治的統合のコストが安い。政治的統合とは、戦争をしないですむ、ということ。その前は、戦争が常態化していたわけです。それが戦国時代と、その前の春秋時代。春秋の覇者といって、ローカルな政府が対等に分立していた時期が、数百年も続いた。不幸な時代の経験を踏まえて、全体がひとつの政権に統一されるべきだ、という人びとの意思一致ができあがった。この意思一致が、中国なのだと思う。(pp.29-30)
最後の「意思一致」云々というのは違うと思う。ただ、中国の地形的な単純さが「政治的統合」或いは帝国の構築に有利に働いたということは間違いない。(中国と比べて)サイズとしては小ぶりだが地形は複雑である日本は、中国ではとっくの昔に放棄されていた封建制度を19世紀に至るまで維持していた。また、落合淳思氏も「中国の地形」の「平坦」さが政治的統合に「有利」に働いたと認識している(『殷――中国史最古の王朝』、p.44)。
殷 - 中国史最古の王朝 (中公新書)

殷 - 中国史最古の王朝 (中公新書)

山水画を観ていると、中国の地形は複雑きわまりないと思ってしまいそうになる。山水画的地形がないわけではないけど、中国の地形が「真っ平ら」というのは大袈裟であるにしても、(中原という言葉があるように)大平原だというのは妥当であろう。また、逆に言って、大平原という一般性から外れた例外であるような地域、例えば徽州*2安徽省の一部)、福建省広東省、台湾などは、〈中国〉に還元しきれない余剰を豊富に有しているといえる。