舌と唇

千葉雅也*1『デッドライン』から。


今朝、ドトールでジャーマンドッグを食べている最中に舌の脇を噛んだ。食べている最中に頭の中でしゃべると、舌を噛んでしまう。食べる運動としゃべる運動が衝突するから。(p.11)
この〈舌噛み〉はちょっと後*2にも回想されている。

池袋に住んでいる男がいた。Kと同じく池袋。そのときは電車で行って駅からしばらく歩いた。要町の方だった。
その少し前の夕食のとき、ご飯を噛んでいて下唇を噛んだ。グキッと残酷な音がした。食べている途中に頭の中に言葉が溢れていた。悪い予感がしていた。前にもこういうときに舌を嚙んだな――と思い出している最中に、唇を噛んでしまった。
酷く落ち込む。フェラチオができないからだ。
通常フェラチオHIVをもらうことはまずない。が、口に傷がある場合は別だろう。舌や唇を噛むということは、傷が塞がるまで男遊びができないということを意味する。池袋の男に連絡しようと思っていた。が、唇が治るまで待たなければならない。どのくらい時間を置けば大丈夫なのか。二日あれば塞がるだろうか。それで、三日か四日目の夕方にメールして、会いに行った。(pp.51-52)
食物と言語というか、「食べる」ことと「しゃべる」ことは対立している。それは、運動の方向が反対だからだろうか。「しゃべる」ことは内側にあるものを(音というかたちで)外部に押し出すこと。「食べる」ことは外部のものを内部に引き入れることだ。