「沈黙」と「言語」 - Living, Loving, Thinking, Again

「「沈黙」と「言語」」というと、深遠な哲学論攷のようだけど、スティーヴン・ミルハウザーの小説『エドウィン・マルハウス』（岸本佐知子 *1訳）の抜書き。この小説は、夭折した「エドウィン・マルハウス」という作家の、その友人である「ジェフリー・カートライト」による伝記という設定になっている。ここに出てくる一人称「僕」は「ジェフリー・カートライト」のことである。

この世の初めには、沈黙があった。沈黙――あらゆる言葉の生みの母、あらゆる言葉が怪奇を目指す母胎。わが人生の糧。最初の言葉がいつ、いかにして、また何故生まれたのか僕には知りようもない。しかし、それを知って何になろう？　もしかしたら、言語は沈黙の狂気の一形態なのかもしれない。広大な、”無”が、自身の沈黙の重みに耐えかねて発狂し、わけのかわらぬ音を吐き散らかしているだけなのかもしれない。だとすると、僕らはみんな狂人ということになる。あるいは沈黙が眠りの中でつぶやく寝言――沈黙が柔らかな褥の中で輾転とし、うなされる悪夢なのかもしれない。そしていつか沈黙が目覚めたら？　十一歳の魂は十一歳の魂なりに、行く末来し方に思いを馳せることがある。この意見にはエドウィンも賛成してくれたのだが、僕はこう考えている。理想的に配列された理想的な言葉は、理想的な読者に完全な沈黙をもたらす。そのとき言葉は失われた母をふたたび獲得するのだ。そして、作家に捧げられるいかなるかまびすしい賛美の言葉は、単にその作家の無能をさらけ出しているに過ぎないのだ、と。（pp.42-43）

本源的な「沈黙」というと、イーノ*2の”No One Receiving”を思い出してしまうのだけど、それはともかくとして、私たちは「沈黙」に辿り着くことはできないのではないか。