「道行き」の書

池澤夏樹*1「苦海を生きる作家と編集者」『毎日新聞』2020年11月28日


米本浩二『魂の邂逅 石牟礼道子渡辺京二』の書評。
著者の米本氏は既に大著『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』をものしているが、「そこには書ききれな」かった渡辺京二氏との関係に焦点を当てて1冊にしたのが本書であるという。


本書の終わりで道子*2・京二*3が「曾根崎心中」のお初・徳兵衛になぞらえられる。五十年に亘る道行き。
言わば著者は自ら義太夫語りとなって、顔を紅潮させ見台から身を乗り出し汗を散らせながら一代記を熱弁している。伴奏の太棹として石牟礼道子渡辺京二の膨大な著作が傍らにある。
読んでいて陶酔に誘われるのは当然だろう。
また、

今の時代に魂という言葉を本気で使う人がいるだろうか?
魂は心ではない。心は人の中にあってその時々の思いを映すスクリーンである。しかし魂の現象はもっとゆっくりと推移する。そして、何よりも、魂は身体を離れることができる。
心と心の出会いで魅せられれば性急に恋にもなるだろう。しかしそれが魂同士の邂逅ならば恋よりもずっと静かな、永続的なものになるはずだ。世俗的な理由から二人の心と心がぶつかる時でも、身体を離れた魂たちは穏やかに寄り添っている。