福島原発、水俣、そして知識の問題(原田正純)

承前*1

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/7b77b2902dc2815aeee3e70aa25d933c


朝日新聞』に掲載された野上隆生、安田朋起「インタビュー 3・11 水俣から」という原田正純 氏へのインタヴュー記事が全文引用されている。
水俣病問題*2に一貫して取り組んできた原田氏は先ず今回の福島原発事故水俣病とのパラレル性を「懲りてないねえ」という一言で指摘している;


――懲りてない、とは。

 「水俣病では、政府も産業界も学者も、安全性の考え方を誤ったんです。その後のいろいろな薬害でも、カネミ油症でも、危険が起きる前に危険を予測し、対策を立てられるはずだった。50年たっても教訓は生かされていない」

さて、「専門家」について;

――原田さんが考える専門家とは誰を指すのですか。

 「本当に原発の専門家であれば、当然、今回の事態を予測しなきゃいけなかったはずですよね」

 「ぼくは専門家の存在そのものを否定するわけじゃない。でも『何が専門家なのか』があいまいだと言いたい。いわゆる『専門家』(学者)の言うことだけをうのみにすると危ない。魚の専門家とは誰か。大学にもいるだろうが、水俣の海で毎日魚を取って暮らす漁師も専門家です」

 「水俣で、生まれてきた子が発症しているとわかった時、医学者はみんな、『母親の胎盤を毒物が通るなんてありえない』と考えた。でも、お母さんたちは『私から水銀が行ったに違いない』と一発で言い当てた。胎児性水俣病の発見です。母親は専門家と言っていい。それを『あなた方は素人。俺たちは専門家だから正しい』という風にやってきた」

この発言を踏まえて、〈知識〉論的なコメントを書こうと思ったのだが、これはかなり大きく且つ複雑な問題なのだということに改めて気づいた。以下、論が粗雑だと謗られることは覚悟の上で、ざっと書いてしまおう。
1960年代の対抗文化の特性のひとつは、知的な意味でもまた政治的な意味でも(月並みな表現で申し訳ないのだが)〈周縁〉による〈中心〉に対する異議申し立てだといえるだろう。女性も同性愛者も障碍者少数民族第三世界も〈中心〉*3の視線によって自らが構成され・定義されることに対して異議を申し立てはじめた。この流れにおける学術的な大作として、例えばエドワード・サイードの『オリエンタリズム*4があるわけだ。それはさておき、〈中心〉である「専門家」による〈真理〉の天下り的押し付けに抗して〈民衆知〉を復権・擁護しなければならない。「専門家」の権威が相対化されない限り、「あなた方は素人。俺たちは専門家だから正しい」は自明のものとしてまかり通ってしまう。(教育制度や学会制度や官僚制度に支えられた)「専門家」様の言うことに異議を申し立てる者、或いは(もっと控え目に)疑問を呈する者は、黙ってろ! 或いはせいぜい教育的指導の対象となってしまう。勿論、そこでは理性/感情、科学/非科学といった二項対立が動員されるということは言うまでもない。だから、専門家の専門知識を批判し、非専門家(生活者)の知を宣揚・擁護するということは正しい。しかし、それが極端化してしまったらどうだろうか。学者はみんな「御用学者」、科学研究はみんな悪しき陰謀の一環、メディアはみんな「マスゴミ」――拙blogを読んでいる方々なら、(面倒臭いので具体的な人名とかリンクは挙げないけれど)このような言説がネット世界を中心に蔓延していることはご存知だろう。そもそもはまったく正しいものである「専門家」批判が極端化し・暴走することによって、最悪の反科学主義、反知性主義(反知識人主義)*5、(政治的には)ずぶずぶのポピュリズム*6に陥ってしまうこと。スターリン式のハイパー合理主義か文化大革命反知性主義か(See 徐友漁*7「国家強権実施計画劃的破産」『上海書評』2011年6月12日、p.9)。如何にしてこれらの極を回避するのか。これはなかなか複雑な議論を要するのでここではパス*8。 
Orientalism: Western Conceptions of the Orient (Penguin History)

Orientalism: Western Conceptions of the Orient (Penguin History)

因みに水俣病については、原田先生の『水俣病』、栗原彬編『証言 水俣病』、竹沢尚一郎『社会とは何か』(第5章)をマークしておく。それから、石牟礼道子苦海浄土』も。
水俣病 (岩波新書 青版 B-113)

水俣病 (岩波新書 青版 B-113)

証言水俣病 (岩波新書)

証言水俣病 (岩波新書)

社会とは何か―システムからプロセスへ (中公新書)

社会とは何か―システムからプロセスへ (中公新書)

苦海浄土―わが水俣病 (講談社文庫)

苦海浄土―わが水俣病 (講談社文庫)

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110531/1306816805

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060219/1140331809 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060224/1140794823 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061111/1163253792 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070905/1189017702 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080624/1214326548 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101018/1287372090

*3:それぞれの対立項が当て嵌まる。

*4:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080325/1206459982 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080620/1213931086 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201667720 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070926/1190835704

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080612/1213250048 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100729/1280429288

*6:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060430/1146374995 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060513/1147548713 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070918/1190142765 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080703/1215108132 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090706/1246828453 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090929/1254237103 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100526/1274895252 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100703/1278181982 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110228/1298867905 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110404/1301887440

*7:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080829/1219982723 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080912/1221235628 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081217/1229476684 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100211/1265855699 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100319/1268969120 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100415/1271302281 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110228/1298867905

*8:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100816/1281992231