Backyard Boy「吉野源三郎『君たちはどう生きるか』書評|世界を変えられないならお前を変えろ」https://bookends1000.hatenablog.com/entry/2024/08/01/220820
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』*1について。
なお、この評者は岩波文庫版ではなくマガジンハウス版を参照している。
この本が言っているのは、要するに「世界が変えられないならお前を変えろ」ということである。もしくは、「世界にとってのお客さんになるな」ということである。世界の観客席に座るお客さんではなく、一人の当事者、一人の担い手として生きていくこと。人類の大きな歴史の中に自分を置き、その前進のために少しでも役立とうとすること。それに相応しい人間へと自分を変えていくこと。笑ってしまうくらい大真面目な話なのだが、決して笑い事ではない。実際、これをどこまで真摯に受け取ることができるかどうかに、年齢は関係ないだろう。私は、年齢を盾にはぐらかすことで、自分の生き方と向き合うことの責任を回避しているだけなのかもしれない。確かに、世界を正すことはできなくとも、いつだって自分を正すことはできるからだ。
本書は、「コペル君」というあだ名で友人たちから親しまれる15歳の少年が、学校生活や友人関係などに悩みながらも成長し、世界に関する自分なりの発見や考察を等身大の言葉で表現したり、あるいは失敗から学んだ教訓などを通して自分という人間を形成していく、その過程がゆったりとしたテンポで綴られていく小説風の読み物である。絵本には、作品を通じて道徳観などを伝えようとする教育絵本と呼ばれるサブジャンルがあるけれども、これはその少年少女版だろう。最初に伝えたいことがあって、そこから逆算してそれぞれのエピソードが作られている。普通、そのような意図で作られた散文のフィクションを小説とは呼ばないだろうが、ひとまず「教育小説」と呼んでおくことにしよう。
「教育小説」というジャンル。因みに、『君たちはどう生きるか』は岩波文庫では、近現代日本文学の緑ではなく、人文系の青である。
さらに、「構造的違和感」が語られる。
つまり、
一方、人に勝つための「答え」ばかりが求められているかに見えるいまの時代にあって、読み手を考えさせる「問い」がここにはある、ということはよく分かった。確かに、これは人間を変える力を持った本だと思う。実直で良い本だし、皮肉でもなんでもなく、コペル君のように優秀でストレートな感性の子どもたちが、このような本をどんどん読んで、どんどん世界に貢献していってもらったらいいとさえ思う。
だが、同時に、果たして世界はそこまで単純だっただろうかと、つい首を傾げてしまいたくもなるのである。そう考えた時に自然と浮かび上がってくるのは、本書の構造的違和感だ。
こう言っては身も蓋もないのだが、これは要するに、「お金持ちで頭のいい男の子たちが痛い目にあいながらも見聞を広げる」というお話なのであって、ここで除外されてるのは、例えば観察対象として登場させられる「貧乏」な家庭の子たち、それから、コペル君の心をざわめかせる青春小説的な存在としてさえついに登場しえず、ただ息子への無償の愛を当然のごとく求められる存在にすぎない「女」たちである。
もっとも、前者については人間の立派さをその人が「消費」だけではなく「生産」する側にいるかどうかで考える、という理論で検討されているのも事実であり、違和感を覚えない人もいるかもしれない。だが、コペル君が「生産」の現場に立つ人々をそれゆえにリスペクトするようになったとしても、「からだをこわしたら一番こまる人たちが、一番からだをこわしやすい境遇に生きている」ことには変わりがない。
また、後者については、『女の子はどう生きるか』というタイトルの本を書いた上野千鶴子の言葉をわざわざここに引いたりはしないけれども、「男の子」たちがせっせと哲学的交換ノートのようなことをしている一方で、本書での「女」とは、名誉男性的な性格で登場するある少女を除けば、「君のお母さんは、君のために何かしても、その報酬を欲しがりはしないね」などといった言葉で母性を本質化させられた「母」たちでしかないのである。
『君たちはどう生きるか』が刊行された頃に「コペル君」の立場に容易く自己移入することができた読者はどれほどいたのだろうかとは思ったことがあった。ただ、ジェンダー絡みの側面については、私の不見識のために完全に見逃していた。
(前略)貧しき者たちや、あるいは男らしくない女たちは、おそらくはこの本の読者として想定されていない。なぜなら、彼ら・彼女らは、「自分では変えられないもの」によって(まさに本書の想定読者から疎外されているのと同じ構造により)社会から静かに疎外されているからだ。こう言ってよければ、本書はある一定の特権的立場から書かれているとさえ思えるのである。
*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180213/1518476359 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180223/1519390653 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180301/1519907714 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180303/1520088990 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180525/1527257183 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180531/1527737235 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180604/1528046358 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/18/095718 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/07/21/145555 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/08/13/074355