蓮實重彦*1「政府は、いざという瞬間に、国民の生命を防衛しようとする意志などこれっぽっちも持ってないと判断せざるをえない」『ちくま』(筑摩書房)618、pp.2-5、2022
(前略)おのれの国の元首相の生命さえ護れなかったのだから、この国の政府――とは、いったい何か――には、国民の命など護れようはずもなかろうと確信できることが重要なのだ。それは、改めて蔓延しつつある愚かな疫病をめぐって、誰もが漠とながら勘づいていることにほかならない。実際、「発熱外来」とやらがパンク寸前に追いやられても、首都圏周辺の地方自治体のいくつかが孤独に事態の改善を試みようとしているだけで、国――とは、だが、いったい何か――がその状態の改善を試みようとする気配など、これっぽっちも感じられない。では、感染したり濃厚接触者になったりした国家公務員や地方公務員は、はたして医師の診断書なしで自宅療養に入りうるのだろうか。はたまた、自衛官の場合はどうなるのか。いずれにせよ、高齢者向けのワクチン接種の無意味な遅れなど、政府のやることはいつでも遅すぎるというのが、国民の実感なのである。
ところが、無駄なことばかりは奇妙に早い。実際、某県の某駅頭で選挙の応援演説中に狙撃された元首相である故某氏の国葬という処置の発表だけは、不気味なまでに早かった。現在の首相にそれなりの理由があったからだと推測されてもいるが、もとよりそれは推測の域を出るものではない。もっとも、今朝の朝刊によると、さる機関の世論調査では、国民の53%までが国葬には反対するとの意志を表明しているというのだから、早かろうが遅かろうが、政府のやることが国民のためになったためしなどありはしまい。(pp.3-4)
(前略)マスメディアにおけるこの事件をめぐる報道の多くは、当初、狙撃された元首相とカルト的なさる宗教団体との密接な関係に触れることを、極力避けたがっていたかに見える。報道管制が敷かれたか否かは知る由もないが、男も女も真っ黒々とした喪服姿で不気味に登場していた午後の報道番組などでは、その「カルト的なさる宗教団体」を「旧統一教会」と名指すことをあえて避け、それと政府与党との関係をも曖昧なままにしておこうとしていた気配すらなくもなかった。
実際、午後の報道番組に引っぱり出された識者の多くは、選挙という「民主主義の根幹」にかかわる事態の最中に、一人の暴徒が前々首相の命を奪ったことは、民主主義に対する許しがたい冒瀆だと口々に非難していた。だが、冗談も休み休み口にしようではないか。そもそも、問題の前々首相の祖父にあたる元首相が、そのいかがわしい宗教組織の創始者と浅からぬ関係があったことぐらいは、まともな国民であれば、誰もが知っていた周知の事実にほかならない。だとするなら、途方もない額の不法な献金によって家族を壊されたという当の元自衛官が、借金までして自家製の銃をこさえあげ、その銃口を元首相に向けて発砲したという選択は、それがどれほど非難されるべきものだったとはいえ、まんざら的はずれでもなかったことになる。(p.4)
*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050630 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060313/1142223339 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060808/1155048808 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070222/1172164952 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201705768 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080320/1205977471 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080519/1211163378 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081031/1225471762 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081117/1226893758 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090322/1237741323 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100219/1266520878 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100226/1267115264 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101010/1286679169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101127/1290832882 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101220/1292861075 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110129/1296321747 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110711/1310400277 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110713/1310486787 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110718/1310962569 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111024/1319430943 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120504/1336116305 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120711/1341932665 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130901/1377964746 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140825/1408943394 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140830/1409379675 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150415/1429066617 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160220/1455936290 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160407/1460055338 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160517/1463502466 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160627/1467026912 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170317/1489725152 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170320/1489981021 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170411/1491886304 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171102/1509555644 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/10/114558 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/06/20/091142 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/10/24/095558 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/10/29/015657 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/13/104511 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/02/20/104047 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/04/28/102548 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/04/30/013231 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/07/18/162654 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/07/20/105956 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/07/23/165142 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/15/144830 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/08/19/012859 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/01/02/104537 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/05/082215 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/23/125858 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/03/31/132540