「侵略」されたもの

五箇公一*1「ウイルス VS 宇宙からの侵略者」『毎日新聞』2021年12月23日


ウィルスは、私たちの身体、或いは私たちの社会を外部から侵略するものというイメージがある。しかし、実は、ウィルスの縄張りを侵略しているのは私たち人間であり、HIVから最近の新型コロナウィルスに至る感染症の流行は、人間の侵略を受けたウィルスたちのリアクションと理解することができる。


人間が野生動物の生息域である森林の奥深くまで開発を進め、農地や家畜の生産現場を広げたことで人間と動物の距離が縮まり、動物体内のウイルスが人間に感染する機会が増えたと考えられている。自然生態系の侵略者である人間は、それらウイルスとの間に共進化の歴史を持たないため、免疫を進化させておらず、ウイルスとの接触は深刻な河川賞に結びつくことになる。
そして、SFの話。

生態系の一部としての病原体が侵略者に襲いかかる、という構図は、実は古くにSFの題材として取り入れられている。それが1898年にH・G・ウェルズが記したSF小説宇宙戦争*2である。20世紀の初めに火星人が地球へ飛来し、圧倒的な武力で侵略するという物語で、1953年と2005年に映画化されている。
劇中、猛進撃する宇宙人軍団に人間はなすすべもなく、もはやこれまでかと思われたところで、なぜか宇宙人たちは自滅する。彼らの息の根を止めたのは、地球上の「病原菌」だった。地球の生態系で進化した微生物に対して、地球外生命体の彼らは免疫を持ち合わせておらず、あっという間に感染症に侵されて死に絶えたのであった。
「超強力な兵器を作る科学力を持ちながら、異星の未知なる感染症といううリスクは想定せんかったのか」と思わずツッコミを入れたくなるが、現状を鑑みるに「お前ら人間が言うな!」と宇宙人に言い返されそう……。

この宇宙戦争のオマージュとして製作されたのが96年上映の「インディペンデンス・デイ」である。こちらもバリアーに囲まれた巨大UFO(未確認飛行物体)艦隊が全世界の都市を一斉攻撃して地球征服を企てるという宇宙侵略モノ。この映画では本物の病原体ではなく、人類が作ったコンピューターウイルスによって敵の防衛システムを破壊して、最終的に人類が勝利するという話になっている。
またしても人類を超越する科学力、軍事力を持ちながら、「『アンチウイルスソフト』ぐらい持ってなかったんかい!?」とツッコミを入れたくなる。だが、侵略一本やりの軍事組織として成立する彼らの社会では、思考回路は画一的で多様性がなく、コンピューターウイルスという社会的害悪に対する免疫が全く進化していなかったと考えれば合点もいく。