「政治」と「対話」

中島京子*1「脱「お任せ政治」対話が生む希望」『毎日新聞』2021年9月4日


和田静香小川淳也*2取材協力)『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』の書評。


これは一冊の「対話篇」だ。
対話するのは、最低賃金のアルバイトで生計を支えつつ、音楽や相撲について書くフリーライター(56歳女性)と、次世代リーダーの一人と目される野党の国会議員(50歳男性)だ。

わたしが驚愕したのは、家賃の高さと独身女性やフリーランスへの差別的対応のせいで慢性的に住宅問題に悩まされている著者が、「ベーシックサービスに住宅扶助を加えて」という、切実な要望をつきつけるくだり。
故人に現金を支給するベーシックインカム*3=最低生計補償と、医療や介護、教育などの公的サービスを無料にするベーシックサービスを、国会議員は「未来の政策」として提言している。けれど、国会議員は「住宅手当はベーシックインカムに上乗せするのが透明で平等」という意見だ。
ここで著者は怒りだす。住居が持てないのはお金の問題だけではない。独身女性だから、フリーランスだから、あるいは外国人だから等々、門前払いを食う層は存在する。お金も重要だが、フラットに配ればいいわけじゃない。たいへん重要な政策と喝破した著者は、複雑な税制や社会保障の仕組みをしゃかりきになって勉強し、総務省の「消費実態調査」グラフまで持ち出して、説得にかかる。ベーシックインカムじゃダメ、ベーシックサービスで支えなきゃ! 
すると国会議員が新しい施策を思いつくのだ。「国が保証人になる制度を作るのはどうだろう」!
この場面と、それに続く二人の画期的なやりとりのくだりには、なにか確実に目を啓かされる。これは、主権者がその代表である国会議員と「対話」する本だ。たとえそこに意見の違いや対立があっても、「対話」はなにかを生むのだと、希望を感じさせてくれる。
最終的に、この「対話」こそが民主主義だと、著者は気づくのだが、その過程で読者も、お上にお任せ的な政治ではない、一国の主権者としてのふるまいとはどういうもののか考えさせられる。著者ほどの猛勉強はできないにしても、自分にとって重要な課題について主体的に考え、有権者の代表といっしょに解を解こうという姿勢は民主主義の基本であるべきだろう。でも、この国ではあまり重要視されてこなかった気がする。