漱石と「ホモ・ソーシャル」(佐伯順子)

佐伯順子「恩を仇で返す気はないけれど」『図書』755、2012、pp.16-18


曰く、


(前略)『世界の名作図書館』*1にも所収されている『坊っちゃん』は、実のところ、女性をカヤの外に置いた、男たちの未熟な自己陶酔的正義感のオンパレードにすぎないではないか。主人公は、東京と男性を権威の中心とする立場から、地域(四国)と女性への差別意識を隠そうともしない。
このことについてはかつて雑誌論文で批判したことがあり、ジェンダーの視点から漱石文学を批判的に分析する姿勢は、他の女性研究者の議論にも共有されている。『こころ』『門』といった”名作”群にも通底する、女性と真剣にコミュニケートしようとせず、男だけの世界で”ホンネ”を語り合おうとする漱石文学の世界は、現在の私の視点からは、感動的名作というよりも批判の対象である。
とはいえ、女性に本心をみせず男どうしの対話に終始するホモ・ソーシャルな人間関係のあり方*2こそが、女と男のグループの勝負である歌合戦が、年の節目の国民的番組として受け継がれる日本社会の同性集団の絆の強さを体現しているのであり、だからこそ漱石文学も”名作”として継承され続けるのだと悟らざるをえないのである。
男二人の面白おかしい珍道中として一般に流布している、弥次さん、喜多さんの物語も、原作は、男色関係にあった二人が行く先々で女性を性的に玩弄して歩く物語であり、女性を性的に商品化する行為を通じて男どうしの結束を固める日本男児の行動パターンは、近現代にも懲りずに継承されている。ある研究会がきっかけで原作を再読した私は、やはりジェンダーの視点から『膝栗毛』を批判した小論を書いたが、子ども時代に親しんだ”名作”を大人になって批判するに至るとは予想だにしなかった。(pp.17-18)
坊っちゃん (新潮文庫)

坊っちゃん (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

門 (新潮文庫)

門 (新潮文庫)