「使用」と「所有」

張競*1「感覚的な表象にひそむ可逆的な関係性」『毎日新聞』2021年2月20日


鷲田清一*2『つかふ 使用論ノート』の書評。


「使う」という言葉が日常生活のなかでよく用いられ、ふだん誰もが何気なく口にしている。鷲田清一はこのたったひとつの単語から魔法のように思考連鎖のスペクトルを現出させ、感覚的な表象にひそむ可逆的な関係性について哲学的な定位を試みようとした。
「使う」とはいわず、「つかふ」と表記したのは、言語形態の指示性の落とし穴を避けるための布置である。古語ふうの表記なら、「使ふ」のみならず、「仕ふ」「遣ふ」などの語形も含まれており、拡散する意味の波動を見極めることができる。

使用の表徴といえば、人間同士よりも人間とモノとの関わり方の遠近法において顕在化する。道具、機械、家畜、資源など、人間が利用する対象は偏在しているが、人を使い、人に使われるというとき、比喩的な想像力がたぶんに働いているのに対し、モノを利用したとき、文字通りモノを人間の意向に添わせることである。
他者との関係は愛する/愛される、助ける/助けられる、暴力を振るう/振るわれるなど、さまざまな形で絡み合ったとき、感情も連動して揺れ動く。それに対し、モノの使用は無機質のようにも見える。しかし、概念の硬い殻が柔らかい完成の拳に握りつぶされたとき、哲学的な思考の水面に浮かんできたのは、モノの使用における対象との親和性である。人間が垂直的に道具を制御するのではなく、道具の使用を習熟しているうちに、道具と一体となり、「使う」側と「つかわれる側とのあいだに新たな関係性が生まれてくる。

道具や機械の使用は身体的能力の「外化」だが、必ずしも無条件な身体の自由を意味しない。自然に対する人間の「勝利」は、同時に身体の退化をもたらすことでもある。鷲田清一が示唆したのは人間と道具とのあいだの、そのような弁証法的な関係である。転用や借用など使用をめぐる多様な形態を探ることで、人間が利用するモノにからめ取られる様子は、くっきりと炙り出されている。

「つかふ」という概念を突き詰めていくと、必然的に所有論の壁にたどり着く。民法に規定される「所有権」やヘーゲルなどの議論を一本の補助線として引くと、「所有する」者と「所有される」モノとのあいだにつねに位置が反転する契機がひそんでいることがわかる。そもそも「所有」は交換可能を前提にしており、本質的に自己否定への通路が開かれていることが、緻密で論理的な推敲によって解き明かされている。

*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090701/1246456156

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060312/1142190612 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060313/1142223339 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070105/1167974950 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070420/1177093181 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071029/1193653921 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080831/1220155395 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090724/1248409057 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090816/1250358935 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091213/1260686440 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100213/1266069745 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100430/1272607469 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100921/1285038978 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101109/1289281535 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101112/1289497060 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101123/1290485341 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110215/1297786787 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110603/1307072747 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110616/1308197385 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110626/1309058098 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110627/1309194879 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110711/1310356905 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120508/1336445007 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120508/1336486987 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130630/1372528653 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130718/1374112169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131218/1387381317 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140224/1393256418 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150417/1429297314 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150424/1429844873 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160104/1451930756 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160107/1452130435 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160722/1469159771 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170516/1494898759 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170802/1501694179 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170830/1504066381 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170929/1506651097 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171020/1508471300 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171202/1512180717 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180504/1525457042 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180926/1537924794 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20181026/1540572398 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/30/151308 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/08/21/014155 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/02/05/144913 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/05/11/143832