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田中裕之、坂口裕彦、渋江千春「文鮮明氏「安倍派中心に」」『毎日新聞』2022年11月7日
田中裕之、金森崇之、坂口裕彦、渋江千春「安倍氏側近と「会え」」『毎日新聞』2022年11月8日


統一協会文鮮明*1が日本政界工作を直々に指示していたという毎日新聞のスクープ。
さて、毎日がこの報道のソースとして使ったのは、


(前略)韓国の教団系出版社「成和出版社(現・天苑社)が信者向けに発行した「文鮮明先生マルスム(御言)選集」。文氏が56年から2009年に信者に向けて説教した言葉が韓国語で記され、各巻は約300~400ページに及ぶ。文氏が死去した12年までに615巻が発行されたが、既に絶版となっており入手は困難。日本語版はない。
毎日が使ったのは「入手は困難」な紙のヴァージョンではなく、この『マルスム選集』「全巻」がPDFで勝手に公開されているサイトで、テクストの真正性は日本の統一協会広報部が認めているという。
最初の記事で報じられた1989年の「号令」は192巻に収録された1989年7月4日の説教の中にある。因みに、翌7月5日には、(社会党が大躍進することになる)参議院議員選挙が公示されている。また、ここでいう「安倍」というのは安倍晋太郎*2のこと。また、11月8日の記事の「安倍氏の「秘書室長」と面会するよう信者に指示していた」というのは、541巻に出ている。発言の日付は2006年10月3日。第一次安倍晋三政権発足の1週間後。「秘書室長」は「ナカガワ」という。記事では、この「ナカガワ」は当時自民党の「幹事長」であった中川秀直*3であると推定している(中川は否認)。この推定についての叙述はちょっと変だと思った。

文氏は(略)有力信者を名指しして「その(安倍氏の)秘書室長の名前は何だ」と尋ねた。信者が「ナカガワです」と答えると、「お前が2度会ったのか」と質問。信者は「2回です」と答え、「3回、もう一度会わなければならない」と接触を重ねるよう求めた。
ナカガワとは一体誰なのか。文氏は「秘書室長」と言っているが、当時の首相官邸の首席の政策秘書官や事務所の筆頭秘書に「ナカガワ」は存在しない。だが、自民党幹事長(secretary general)を「秘書(Secretary)」の「トップ(General)」と解して「秘書室長」と呼んでいるとすれば、該当者がいる。
ということで、「中川秀直」に辿り着いている。secretary generalは一般に事務局長や事務総長と訳されるが、左翼政党に関しては書記長とも訳される。中国語訳では総書記。文鮮明の発言の原文は韓国語なので、英語のsecretary generalは韓国語では一般にどう訳されているのか、文鮮明が使った言葉と一致するのかどうか、また文鮮明が使った言葉は一般に韓国語において日本の政治世界という文脈においてどのような意味合いで使われているのか? 日本語の「幹事長」や英語のsecretary generalに対応した仕方で使われているのかを確認すべきなのではないかと思った。
さて、私は『文鮮明先生マルスム選集』全615巻というのに驚いたのだった。それもぺらいパンフレットではなく、各巻300頁以上の厚さ。「選集」ということは、文鮮明の説教の一部にすぎないということだ。全巻セットだと、古書市場では幾らぐらいの値がついているのだろうか? 〈壺〉よりも高くなっているのだろうか?