「京大にとって人文社会系は重要」(山極寿一)

京都新聞』の記事;


人文社会系学部「京大には重要」 山極総長、文科省通達に反論


 文部科学省が国立大学に人文社会系の学部や大学院の組織見直しを通達したことについて、京都大の山極寿一総長は17日、「京大にとって人文社会系は重要だ」と述べ、廃止や規模縮小には否定的な考えを示した。

 通達は2016年度から始まる国立大学の中期目標の策定に関する内容で8日に送られた。教員養成系や人文社会系の学部・大学院について、18歳人口の減少や人材需要などを踏まえ、「組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めること」としている。

 山極総長は「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。(下村博文文科相が要請した)国旗掲揚と国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の自由を守ることを前提に考える」と説明した。

【 2015年06月17日 22時10分 】
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20150617000174

その「通達」については、

国立大の教員養成系など見直しを
中期目標で文科相通知


 下村博文文部科学相は8日、全国の国立大に対し、次の中期目標を策定する際、教員養成系と人文社会科学系の学部・大学院のほか、司法試験合格率が低い法科大学院について、廃止や見直しに取り組むよう通知した。

 文科省は背景に少子化や人材需要の変化などを挙げ、「地域のニーズを踏まえて、各大学の目標に沿った見直しをしてほしい」としている。

 中期目標は各国立大の運営指針で、次に策定するのは第3期に当たる2016〜21年度の6カ年分となる。

 文科省は以前から、各国立大に対して自分たちの特色を明確にするよう求めていたが、あらためて特色を踏まえた組織改革を要請した。(共同通信)

【 2015年06月08日 18時15分 】
http://www.kyoto-np.co.jp/country/article/20150608000111

山極寿一氏*1のこの発言は大学のトップとしては当たり前なことで、それが特別なこととして、ブクマが200以上集まったりして、評判になるということに状況の異常さがあるといえるだろう。「京大にとって」という限定的な副詞句を問題にする人もいるようだが、それは山極氏が京都大学の総長であるからにほかならない。もし限定を付けなかったら、そのときは越権だとか(他大学への)内政干渉だとかという批判を集めることになるのでは? また、「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない」という方が重要であろう。
これに対する細野豪志*2のコメント;

文科省が国立大学に人文社会系学部や大学院の組織見直しを通知したことについて、京都大学の山極寿一総長は、「京大にとって人文社会系は重要だ」と述べ、廃止や規模縮小を求める文科省の通知を拒否した。新任総長の勇気ある発言に、強く賛意を表したい。

通知の文脈からみると、文系の中でも文学部などがターゲットにされているようだ。この際、断言しよう。京都大学は文学部なくして京都大学たりえない。極貧の浪人生活を経て京都で一人暮らしを始めた私が、「ああ、俺も大学生になったんだなあ」と感慨を覚えたのは、出町柳の喫茶『駸々堂』で哲学書を読みふける学生を目にしたときであった。演劇に没頭する学生、能を舞う友人、学園祭になると哲学や宗教論争が巻き起こる環境に刺激を受けた。それらの環境の多くは、京大において少数派である文学部の学生※によってもたらされる。これこそ、理科系学生も含めた京大生、そして京都という歴史都市の資産であると考える。世にいう京都学派は、私の恩師である佐藤幸治教授に引き継がれた憲法の分野にも存在するが、本流は何と言っても哲学におけるそれだ。怠惰な大学生活を送りながら、ふと「これではいかん」と思い立ち、西田幾多郎三木清の著書を手にした。哲学書の中身はほとんど忘れたが、時に一人、熊野神社銀閣寺、哲学の道をそぞろ歩きし、時に友人と、大文字山に登り、「いかに生きるか」を考えた日々は、就職活動にもサラリーマン生活にも役にも立たなかったが、私の人生にとってかけがえのないものである。人生の折り返しである40代になって、京都で過ごした日々の大切さを感じることが多くなった。

文科省が6月8日に出した通達には、人文社会科学系学部・大学院について、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努める」とある。文科省が言う「社会的要請」という言葉からは、マーケットメカニズムの匂いが強く漂っている。もはや、文部科学省はその名前に値しない。学問を巡る絶望的な状況の中で、希望の光は理学部出身の山極寿一総長が敢然と反旗を翻したことだ。今こそ、国立大学関係者は学部を超えて戦うべきである。

平成27年度入学定員は2866人中220人
http://blogos.com/article/117711/

なかなか熱くてよろしい。でも、もうちょっと省察を続けた方がいいだろう。何故「人文社会」系、徳に文史哲が潰されようとしているのか。多分、その究極的なテロスは批判とか(意味の)反省ということの根絶なのだろう。それが政治的にどのような意味を持つのかを想像することはけっこう容易いことだ。ISISが哲学書を焚いたということを想起しておいてもいい。
それから、「社会的要請」云々については、以前書いたパッセージを再録しておく;

大学では「社会的要請の高い」学問を研究・教育せよという人がいる。よろしい。しかし、社会には様々なカテゴリーの人々が犇めき合っているのであって、例えば老人にとっての「社会的要請」と小学生にとっての「社会的要請」、サラリーマンにとっての「社会的要請」と専業主婦にとっての「社会的要請」、金持ちにとっての「社会的要請」と貧乏人にとっての「社会的要請」は同じものだといえるのかどうか。だから、漠然と言われる「社会的要請」とは抽象的な統計的平均以上のものではないのではないか、という批判は可能である。しかし、今回言いたいのはそのことではない。以下、システム論をいい加減にぱくりながら議論していきたいのだが、現代社会は相互に独立した複数のシステムによって構成されている。相互に独立しているというのは、そのシステムを存立させているテロスが別のシステムのテロスに還元不可能だということだ。学問における〈真理〉、法律における〈合法性〉、宗教における〈救済〉、アートにおける〈美〉等々。これらは相互に還元不可能であり、また変換公式も存在しない。しかし、だからといって、これらは相互に無関係だということはない。科学が宗教にインスパイアされ、またアートが科学にインスパイアされるということは大いにあり得るだろう。ここで注意しなければいけないのは、あくまでも科学者は宗教を科学的に評価し、アーティストは科学を美的に評価するということである。だから、科学は宗教を歪曲しているとか、科学的基準は美的基準とは違うと今更言っても始まらない。というか、そんなのはそもそも当たり前のことなのだ。「社会的要請の高い」学問云々という話だけれど、これは学問の問題ではない。社会の様々な立場の人が〈真理〉の追求というテロスによって作動する学問から、自らにとって面白そうなネタ、使えそうなネタを如何にピック・アップするのかという問題だろう。如何にしてそうした情報処理の精度を向上させるのか。そのためには、日頃から学問に対する嗅覚を鋭敏にしておくこと。また主観的にも客観的にも選択肢を拡張すること。学問を短期的な「社会的要請」云々によって切り詰めることはその選択肢を切り縮めてしまうことでしょうという話になる。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140903/1409763221
それから、これもマークしておく;


内田樹*3「国立大学改革亡国論「文系学部廃止」は天下の愚策」http://blogos.com/article/113789/

*1:http://jinrui.zool.kyoto-u.ac.jp/yamagiwa/ See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%A5%B5%E5%AF%BF%E4%B8%80 Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130505/1367765118

*2:https://www.goshi.org/ https://twitter.com/hosono_54 See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110501/1304181011 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110502/1304307205 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150314/1426355148 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150319/1426741820

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050531 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050706 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060119/1137676496 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060120/1137745397 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060122/1137899122 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060128/1138470068 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060205/1139107434 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060206/1139201519 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060207/1139318386 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060209/1139504030 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060212/1139726021 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060227/1141064073 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060306/1141627016 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060306/1141675462 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060313/1142223339 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060416/1145158222 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061107/1162862295 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061130/1164899318 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061207/1165468536 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061207/1165500507 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070128/1169989586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070130/1170131794 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070202/1170441629 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070204/1170611496 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070415/1176609189 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070415/1176614680 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070624/1182702293 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070701/1183262085 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070702/1183341499 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070704/1183564169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070721/1185040301 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070811/1186807194 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080117/1200593641 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080219/1203440787 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080407/1207591421 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080411/1207900427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080616/1213547154 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080904/1220538100 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090107/1231303330 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090108/1231386781 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090109/1231531269 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090111/1231697318 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090210/1234271618 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090322/1237741323 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090722/1248240487 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090914/1252945813 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090919/1253336095 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091128/1259384146 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091205/1260031366 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091213/1260686440 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100420/1271785873 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100816/1281992231 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100817/1282044428 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101106/1289051650 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101109/1289281535 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101113/1289668226 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101123/1290485341 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101124/1290623454 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101213/1292243637 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101220/1292861075 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110609/1307650973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110814/1313322168 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110904/1315163207 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111024/1319416350 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111106/1320550477 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131104/1383565997 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131121/1385046451 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140104/1388853836 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140315/1394852680 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140806/1407340386 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141008/1412744846