「矛盾的共生」の果てに

渡辺保*1「「矛盾的共生」二人の死の真相に迫る」『毎日新聞』2021年12月5日


大橋良介*2『〈芸道〉の生成 世阿弥と利休』の書評。
世阿弥*3千利休*4の「死の真相に迫っている」本だという。


世阿弥流罪も利休の切腹も、表向きの理由はともかくも、その真相は分かっていない。むろんそこには政治的な権力者と芸術家の対立があり、世俗の王者と芸術上の王者との対立があることは多くの人の指摘する通りである。その中で著者がユニークなのは、その両者の関係を見直している点である。すなわち著者は一般にいわれるように義教*5も信長も秀吉もただの暴君ではなく、深い美的な感性を持ち、立派な芸術家でもあったことを指摘する。
義教は、当時のひとかどの歌人であり、信長は美術の名品を収集し、秀吉も歌道にたけているばかりでなく書もよくする一流の文化人であった。三人は単に優れた鑑賞眼を持っていたばかりでなく、世阿弥や利休と同じ創造者であり、同じ世界の同志であった。と同時にそこに全く別な視点を持つに至ったために悲劇が起こる。たとえば義教は、享楽的外面的大衆的な美しさに惹かれ、世阿弥のストイックな求道的な美意識を疎ましく思った。しかし著者にいわせれば、この対立は政治権力と芸術の「矛盾的共生」というべき構造的なものであった。相手を否定しながらも相手の存在を必要とする存在。それは自分自身の中に相手と共通なものがあるからであり、それを意識するからこそまた相手を否定するという矛盾した関係であった。
この本が刺激的なのは、この構造の分析であり、それを明らかにすることによって世阿弥流罪、利休の切腹の謎を解いたからである。しかしそれだけではない。その謎を解くことによって、世阿弥や利休がその生命を賭けて発見し、守った芸術上の理念も明確にした。

この本のは白眉は、世阿弥の「風姿花伝」に「花」という理念と、その晩年の「花鏡」における「秘すれば花」といった時の「花」の対比であり、その人生の果てに世阿弥佐渡流罪になった道行を書いた「金島書」の分析である。
風姿花伝」の「花」は、内面から外面に匂い出るものであった。しかし「花鏡」の「秘すれば花」は、それとは逆に外面から隠された内面であった、この二つの「花」の対比分析はまことにあざやかで分かりやすい。とかく分かり難く見える「花」という理念をここまで明晰に描き出したのは画期的である。
さらにそれが「金島書」の分析によって世阿弥晩年の芸境が明らかになる。佐渡へ行く世阿弥にはさらに新しい、自由な境地が現れる、その件はこの一冊のクライマックスであり、最も刺激的なところである。

(前略)利休もまたその最後において、全てを捨てて自由になった。その利休の心境は、利休の言行を南坊宗啓が記した「南方録」の分析とともに、秀吉の側から描いて鮮明になった。
利休と秀吉は、単に芸術と政治の頂点に立ったばかりでなく、世阿弥と義教がそうであったように、深い鑑賞力で結ばれ、しかも相互補完的な同志でありながら、その最後の一点で違っていた。それは秀吉の次の様な和歌にも明確である。
 底意なき心の内を汲みてこそ
茶の湯者とは下れたりけり
「底意なき心の内」とはむろん様々な」意味に取ることが出来るが、「無心」とも採れるだろう。「無心」であることが自由であるという心境を秀吉が認めていること、しかしそれを外側から眺めている冷ややかな視線に二人の立地点の違いがある。