「神」と「仙人」

二階堂善弘*1『中国の信仰世界と道教』から。


中華圏の宗教は、道教と仏教、それに民間信仰がいろいろ混ざった状態で、そしてsれが地域による違いを保ったまま、複雑に展開している。ところが、そのシンクが日本に紹介される場合には、道教と地域ごとの民間信仰の区別を無視して、たんに「道教」として紹介されてしまうことが多い。(pp.15-16)
ここで「民間信仰」と言われているのは、英語でShenismと言われ、神教と訳されているもののことか*2

道教民間信仰では、重視する対象が異なっている。すなわち、道教では仙人を重視し、民間信仰では神を重視する。(略)
仙人とはなにか。
人間でも動物でもよいが、長年の道術の修行を通じて、不老不死の不滅の存在となること。それが「仙となること」である。時に、無機物が長い年月を経て仙人になることもある。
神とはなにか。
神も不滅の存在ではあるが、もともと道術とは関係なかった人間が多い。生前に功績を立てた人物が
、死後に神に任じられる。これが神でる。神に任ずることは、時に「神に封ずる」とも呼ばれ、すなわち『封神演義』とは、神々の任命に関する経緯を描いた物語である。
(略)
難しいのは、太上老君西王母*3などの神である。これらの神々は不滅の存在であり、一般の「神」とは違い仙人に上に位置する。こういった神々は、個人手には「上位仙」あるいは「上位神仙」と称すべきものであって、たんに「神」と称すると、わかりにくくなってしまうと考える。
そして一般の神は、仙人に使役される存在である。〔仙人である〕呂洞賓の物語をみていると、呂洞賓はしょっちゅう神を呼び出して命令し、力仕事をやらせる。趙公明にしろ関羽にしろ、呂洞賓の前では「仙人さま、どうかご命令を」と控える立場である。『西遊記』でも、孫悟空*4は行く先々で土地神を呼び出して命令する。土地神は唯々諾々として従う。孫悟空は、いちおうは斉天大聖という仙人なので、一般の神々に比べると地位が高いのである。
すなわち、道教では、 太上老君西王母などの「上位仙」が上にあり、次に呂洞賓李鉄拐などの仙人があり、一般の神々はその下に位置する。
しかし、民間信仰ではそう考えない。神と仙人にそれほどの差はなく、時にば神のほうが強い。民間信仰においては、関羽は使役される神ではなく、もっと高位と考えられる存在である。その地域によって、敬う神の地位には差異がある。(pp.29-31)

なお。仏教の仏と神の関係も、やはり仏が上であり、帝釈天梵天などのかなり上位の神々であっても、お釈迦さまの命令に従う立場である。之も、道教の仙人と神の関係と似ているかもしれない。(p.31)