「終焉」?

平林由梨*1「ファッション「次世代」はどこへ」『毎日新聞』2022年11月13日


2022年8月に三宅一生森英恵というファッション・デザイナーが相次いで他界した*2。また、2020年には山本寛斎*3高田賢三*4も亡くなった。これは、深井晃子さん*5言うところの「デザイナーの時代」の「終焉」が確定したことを意味するのか。「その旗手はココ・シャネルやムッシュディオールであり、パリを中心にデザイナーたちがそれぞれの感性や哲学を反映させた衣服を競うように発表し、流行を生み出した」。


転機は20世紀末にやってきた。深井さんは「デザイナーの時代に終わりが告げられた」と語る。デザイナーが生み出し、その名を冠したブランドを大資本のコングロマリット(複合企業体)が傘下に抱えるようになったのだ。高田さんは93年、「ケンゾー」ブランドを、高級ブランドグループ「モエ・ヘネシールイ・ヴィトン」に売却。同社は「クリスチャン・ディオール」「ティファニー」など70超のブランドを抱える。「ハナエモリ」も2002年、ブランドを商社主導の新会社に譲渡している。
増田さん*6は「ブランドは創始者が亡くなって以降の方がビジネスとして巨大化する。2人の死去は寂しいが、レジェンドの残したブランドがこれからどう発展するか興味を持って見ている」と話す。
もう一つ、大きな変化もあった。「高品質、低価格」を売りにした衣類の大量流通だ。日本の「ユニクロ」が店舗網を広げ、米国発の「GAP」、スペインの「ZARA」、スウェーデンの「H&M」が相次いで出店したのはこの時期だった。

では、「デザイナーの時代」、そして「日本発のデザイナーの時代」はもう来ないのだろうか。
ファッションジャーナリストの宮田理江さん*7はデザイナーが注目されるポイントが移り変わりつつあると指摘する。「シーズンごとに新作を買い求めるのではなく、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティ―といった意識の高まりを背景に、手持ちの服を長く着たり、古着を選んだりと流行に左右されないこなれた装いに新たな価値を見いだす消費者が増えている」と語る。大量生産された服の多くが流行の終わりとともに売れ残り、廃棄されている事実が消費者心理を動かし始めている。深井さんもこの「新たな価値」に注目する。「個人デザイナーが世界を制覇した時代が終わり、大資本が取って代わった。そして今、新たな価値観に基づいて目標を定める時代になっています」
例えば、三宅一生さんの「三宅デザイン事務所」出身の高橋悠介さん(37)が20年に設立した「CPCL」は服作りをめぐる環境負荷を総合評価するライフサイクルアセスメントに取り組み、社会や環境に配慮した公益性の高い企業に与えられる米国の民間認証制度「Bコーポレーション」を日本のアパレルブランドで初めて取得。再生ポリエステルを素材にしたTシャツの価格は2万円台と安くないが、国内外200超の店が取り扱うほど人気を呼んでいる。

ファッション紙「WWDJAPAN」編集長、村上要さん(45)は、デザインや卓越した技術で世界を驚かせた「前世代」に対し、SNSによる口コミでブランドを世界中に拡散させたり、メタバースといった仮想空間に活躍の場を広げたりしていファッションの世界を一新させる「次世代」の登場を挙げ、「売り上げといった従来の物差しでなく、全く異なる定規を使って考えるデザイナーが活躍する時代がやってくる」と展望した。