ニーチェは読んだ?

丸谷才一「愚行の研究」(in 『ウナギと山芋』*1、pp.76-79)


エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』(中野好夫*2訳)の書評。
ローマ帝国衰亡史』の「悪名高い」「ギボンの面目をよく示してゐる」「十五章と十六章のキリスト教をあつかつたくだり」(p.76)について;


(前略)彼は、キリスト教がなぜあれほど圧倒的な勝利ををさめたたかを論じて、「あくまで非寛容さを貫いたキリスト教徒たちの狂信ぶり」が重要な要因だったと強調する。初代キリスト教徒の道徳性について語りながら、「もともと下層社会の人間にとっては、所詮高嶺の花にしかすぎぬ栄耀栄華など。これを蔑むことで天国への点数稼ぎができるなら、きわめて容易、かつ愉快でもある話。つまり初代キリスト教徒たちの美徳を支えていたのは(中略)*3しばしば皮肉にもその貧困と無知だったのだ」と放言する。さらに、「ここでもまた神秘な神の摂理に驚くしかないのだが、なんとこの霊魂不滅の教義が、モーゼ律法にはまったく示されていないのだ。(中略)*4ユダヤ人たちの希望と不安とは、ともに現世という狭い視野の中だけに限られていたように見える」と皮肉を飛ばすのである。(p.77)
ローマ帝国衰亡史』に曰く、

教父たちの考えていた厳しい貞操観なども、すべて同一の観念、つまり、人間の官能を満足させ、霊性を堕落させるごとき享楽は、一切これを憎悪するという、そうした考えから発していた。彼らの得意とした論法は、もしあのアダムが神に対する信従をさえ貫いていれば、おそらくは生涯無垢の童貞を守って生を終えていたはず。あの楽園では、いわば無害の植物的繁殖法とでもいった方法で、次々と罪を知らぬ不死の人間が溢れるようになっていたに相違ない、というのだ。(Cited in p.78)
丸谷は、ここから窺えるギボン像は、「一切の狂信をしりぞけ、地上的な常識に信頼を寄せる」「極めて健全な合理主義を奉ずる十八世紀人」である(ibid.)。「彼がローマ帝国治下の狂熱的な殉教者を批判するとき、その立場がむしろ、世界の調和と人生の快楽を第一義のものとするローマ人の側に近くなるのは、当然のことだった」(ibid.)。また、中野好夫が『ローマ帝国衰亡史』を翻訳した「直接的な理由」は、「この歴史家のもつてゐる、ヨーロッパ十八世紀の精神の健全さ、あるいは懐疑主義的な賢明さに対する敬愛」だろうという(p.79)。
ここから、ニーチェの『道徳の系譜*5における「奴隷道徳」の議論を想起する人も少なくないのでは? 専門家なら今更! と思うかもしれなけれど、ニーチェはギボンを読んでいたのかという疑問を提示しておく。