http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20071031/1193787148
これに関しては、先ず森真一氏の『自己コントロールの檻』や『日本はなぜ諍いの多い国になったのか』*1が参照されるべきだろうか。

- 作者: 森真一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2000/02/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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日本はなぜ諍いの多い国になったのか - 「マナー神経症」の時代 (中公新書ラクレ (184))
- 作者: 森真一
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2005/07/11
- メディア: 新書
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いい加減にコメントしてみると、人々の「モラル」が「崩壊」しているように見えたり、逆に「社会の倫理基準が厳しくなりつつある」ように見えたりするのは、お気楽な社会生活の前提である自明なものとしてのcommonsenseへの信頼が弱くなっている(困難になっている)ということがあるのかも知れない。勿論、それはつい最近始まったわけではなく、近代というのはそういう時代なのだろう。付け加えれば、再帰的近代化というのはあくまでも近代のラディカル化であり、近代を超えたりしているわけではなく、近代がより近代になっているということなのである。
特に他人に厳しいというのも納得できる。自らの〈正しさ〉をポジティヴに主張するのは難しい。しかし、〈正しくないもの〉を叩いておけば、取り敢えず〈正しくない〉の否定形として(否定の否定!?)自らの〈正しさ〉は暫定的に確保できそうな気がする。他者を貶めることによって、自らの〈正しさ〉が取り敢えず確証されるというのはニーチェ(『道徳の系譜』)でいうところの「奴隷道徳」の特徴であろうか。

- 作者: ニーチェ,Friedrich Nietzsche,木場深定
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1964/10/01
- メディア: 文庫
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