「エピストクラシー」?

山本圭『現代民主主義』*1から。


欧米を巻き込んだファシズムの経験は、大衆への疑念をいっそう強くするものであったろう。デマゴーグに扇動され、演説に熱狂する大衆の姿は、多くの知識人にとって脅威であったに違いない。
たとえば、公共性の思想家として知られるハンナ・アーレントは、プラトンの鉄人政治を批判し、古代ギリシャにおける市民の政治参加を高く評価したが、現代の大衆社会には強い嫌悪を示している。
それによると、大衆社会は画一主義が支配する社会にほかならず、「全体主義運動は、いかなる理由からであれ政治的組織を要求する大衆が存在するところならばどこでも可能である」(アーレント 二〇一七)*2と、大衆社会こそ全体主義の温床であると言わんばかりの勢いで激しく批判する。
政治は素人である一般市民ではなく、もっと事情がよく分かっている専門家に任せるべきだ。こうした「知者の支配」を正当化する議論は、一般に「エピストクラシー」と呼ばれる。同じようなエリート主義的な物言いはこんにちでも珍しくない。政治的にデリケートな話題について発言した著名人や若者らに向けられる「勉強不足」といった避難や、「〇〇に政治を持ち込むな」といったようなクレームはその最たるものだろう。ここにも事情に疎い市民は政治に口を挟むべきではない、という漠然とした感覚が底流にある。このように、少なくとも二〇世紀前半のあいだ、人民主権を建前としては擁護しつつも、大衆の政治参加には後ろ向きま議論が力をもった。(pp.9-10)
今引用した箇所、全体として基本的には間違ったことは言われていないのに、とてもミスリーディングだ。パラグラフは変わっているとはいえ、アレントを知らない読者がこれを読んだら、彼女が「政治は素人である一般市民ではなく、もっと事情がよく分かっている専門家に任せるべきだ」と主張しているかのように誤解してしまうだろう。『革命について』*3の最終章において「革命的伝統」について論じている箇所を読めば、彼女が「エピストクラシー」とは対極的な位置にいたことは容易に理解できるだろう。

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/09/142432 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/14/164042 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/17/110451 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/20/091546 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/02/23/144822

*2:全体主義の起源』第3巻『全体主義』。

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050718 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060426/1146020138 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061212/1165940864 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070426/1177564846 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070502/1178032169 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071102/1193980331 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080411/1207900427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080514/1210788469 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080814/1218687009 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090202/1233596155 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090618/1245290595 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090621/1245586039 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101120/1290272803 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110729/1311876721 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110918/1316366970 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110920/1316488837 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130404/1365053217 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151230/1451499610 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160304/1457060201 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170308/1488944072 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170419/1492571662 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170523/1495514424 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/10/10/091444