「おばけ」になった絵本

ママがおばけになっちゃった! (講談社の創作絵本)

ママがおばけになっちゃった! (講談社の創作絵本)

若い頃は池袋で暴走族をやっていたという「のぶみ」という絵本作家については、去年だったか、何処かのサイトで炎上気味に取り上げられていて、それでその名前を知ったのだが、その炎上の内容については忘れてしまった*1。2015年に刊行されて「物議」を醸し続けている、彼の『ママがおばけになっちゃった! 』*2という絵本について。


「ママおば被害報告」https://checkhimout.jimdofree.com/top/%E3%83%9E%E3%83%9E%E3%81%8A%E3%81%B0%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E5%A0%B1%E5%91%8A/


交通事故で死んで、「おばけ」になった母親を描く、この本を読んで(読んでもらって)、母親との分離不安を惹き起こしてしまった子どもたち。4歳から小学校三年生まで。そのうち1人は、3歳のときに父親を亡くした4歳児。
〈死〉ということを理解できるのは6~7歳以降*3。それ以前だと、誰かが自分から引き剥がされる不安(恐怖)として感覚されるということになる。そうすると、祖父母ならともかく実の母が死んでしまうという設定はかなり強烈な力を発することになる。
このほかにも、批判的な言説を幾つか挙げていく。


「再び、違和感のある絵本を問う」http://blog.livedoor.jp/poplar_green/archives/51930608.html


曰く、


主人公が4歳の男の子かんたろうですから、明らかにこの絵本は幼児に向けて描かれた絵本だと思われます。幼児期というのは、まだ母子分離が進んでいません。親にいろいろな生活の部分を依存しており、親の愛情を一身に受けて世の中の様々な事象を学び、成長して行く大切な時期です。

その時に絵本の中とはいえ、母親を引き離され、しかも死別という形で亡くす・・・そういう状況は子ども達にとって想像を絶することです。そこで引き起こされることは、ママが死ぬかもしれないという不安感と、だからママから離れたくないという気持ちの醸成です。

幼児期を過ぎれば、子どもたちは同年代の子どもたちと過ごしながら、徐々に親離れし、自立して行きます。その時期に差し掛かる時に不用意な不安感を煽ると、自立を阻害することになりかねません。ママとの突然の分離が怖くて、親離れできなくなってしまうことさえあるのです。

そういった児童心理をこの作者は学んでいないようです。その上、大切な人を亡くした時に、人がどのようにそのことを受け入れていくのか、それを乗り越えようとしているのか、全く理解していません。そういう体験をした人の傷口に塩を塗り込み、さらに土足でその傷を踏みつけるような、そんな表現で溢れているこの絵本に対する激しい違和感は止めることができませんでした。

「子どもに読んでほしくない絵本」http://mao7735.hatenablog.com/entry/2017/12/06/172920


出版業界関係者(編集者)のblog。保育園の「お母さんを亡くした子どもがいるクラス」で、この本の読み聞かせが行われたという。


幼児が愛着関係にある保護者から離れるのを不安に思うのは当然で、それでも安心感を取り込みながら少しずつ離れられるようになっていく。これが自立への第一歩なのに、まったく意味もなく「お母さんが死ぬかもしれない」という不安を抱かせることは、子どもの育ちを邪魔することにしかならない。

うちの子は5歳のとき、『もののけ姫』がきっかけで「死」について疑問を投げかけてきたので、いろいろと会話したけど、丁寧に話してさえ、数日間は「ママは死なない?」「ママが死ぬと、ぼくも死んじゃう?」と不安そうに聞いてはくっついたり泣いたりしてた。まだ自力で生きていけない子どもにとって、保護者の死は実際的にも心情的にも何より怖いこと。「ママは死なないよ」「たとえママが死んでも、あなたは死なないよ」と答え続けた。本人が聞いてきたときには(聞ける状態になったときには)大人は応えるべきだと思うから、あらゆる生き物はいつか死ぬことは伝えたけれども、伝え方には注意が必要だと思う。

また、この本の〈道徳読本〉的な性格も批判されている;

「親学」*4や一部の「二分の一成人式」なんかもそうだけど、大人が子どもに「親への感謝」を強要するのは本当におかしなこと。作者は以下のように言っているけど、脅して感謝を引き出そうとすることが適切なわけがないでしょう。しかも幼児に「ビンタ級の威力」って、何を言っているんだと強い憤りを感じる。

「大人もそうだけど、特に子どもはママに何かしてもらえるのは当然だと思ってる。だけど、それがなくなることはあり得るんだぞ、ということ。この本は子どもに対してビンタ級の威力があると思いますよ(笑)。「お前、ママは大切なんだぞ、よく考えてみろ」って分かってくれるといいな。」(webサイト「QREATORS」より)

安楽由紀子「「炎上作家・のぶみ」「道徳、出オチ絵本」――子どもにとって“良質な絵本”とは何か?」https://www.cyzowoman.com/2019/06/post_234512_1.html


「絵本コーディネーターの東條知美さんと、図書館司書の神保和子さん、絵本の編集者である北尾知子さん、そして「絵本好き」であるワーキングマザーの大内めぐみさんによる座談会」。


東條 のぶみさんの『ママがおばけになっちゃった!』(講談社)は、お母さんが亡くなった子どもを描くという内容で、物議を醸しました。ワイドショーで取り上げられたために、内容をよく確認せずにネットで購入する人も多く、“売れすぎた”のが問題だったと思います。というのも、売れすぎたことにより、大勢の子どもの前で、あの絵本を読み聞かせをする場面が、日本全国に広がっていったんです。もしかしたらその中には、実際に親を亡くすという“喪失体験”をした子、また、ショックを受けた子がいたかもしれない。でも、そういった子の“心のケア”が個別にできない状況が生まれてしまったのです。「平積みされているからよい絵本」というのは間違い。ただ逆に言うと、家庭の中で読む分には、親が心のケアをしてあげることはできるのかな……と思う部分はありますね。

北尾 あの本は死をテーマにしているのではなく、「お母さんがいなくなると困るよね」ということを伝えたいがために、死を道具にしてしまっているんです。絵本の権威が、何か言うのではないかと思っていたけど、誰も言ってくれませんでした。

神保 有識者は読んでもいなかったんですよ。ワイドショーで話題になっていたのに、どんな本かも知らない。そもそもそういう人はワイドショーも見ないから。

「ネットで購入する人」ってどれくらいいた(いる)のだろうか。amazon.co.jpのカスタマー・レヴューは異様なほど星一つが多くて、とても悲惨な状態になっている*5。レヴュー読んだら、買うのを躊躇してしまう人が多いのでは? つまり、TV、とくにワイドショー舐めるなよ! ということなのだろうか。
「絵本」を巡る一般的な状況;

東條 確かに、評価が確立している本にはよいと言われるだけの理由が必ずあります。もちろん新しい絵本にもよいものはありますが、近年は「子どもにとってよい」というよりも、お母さんの共感を得ようとしている絵本が増えてきている印象があります。道徳が教科化されて、道徳絵本も増えてますね。今は私たちが子どもの頃よりも、いろいろな本があふれていて選ぶのが難しい。

大内 新しく出てくる絵本について、いい悪いを判断するのは難しいと感じています。忙しく、時間的にも精神的にも余裕がないお母さんが、「読み聞かせをしなければ」と本屋さんに行って、「売れてます」と平積みされている本を買ったら、実は物議を醸している本だったというのは気の毒ですよね。情報社会は難しい。
批判的な反応としては、


山田ノジル「子どもに読ませたくない! 欺瞞だらけの絵本作家による脅しだらけの最低絵本」https://mess-y.com/archives/44004
sato_kawa「「ママがおばけになっちゃった!」に対する息子の批判がまっとうすぎる」http://monyakata.hatenadiary.jp/entry/20151001/1443626648

*1:そのとき、「のぶみ」が女性ではなく男性だということを知って、軽く驚いたということがある。「のぶみ」って女の名前だろうという先入見のなせる業。

*2:http://mamaobake.com/

*3:See https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170929/1506662090

*4:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120507/1336396198 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150121/1421813610 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160129/1454047192 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20161228/1482898392 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180607/1528392608

*5:See also 一条真也「『ママがおばけになっちゃった!』」http://www.ichijyo-bookreview.com/2016/08/post-1292.html