1994年の『エコノミスト』

三浦俊章「かつて王室が危機に瀕した国 英国の経験から考える、民主主義社会での君主制の運命とは」https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190511-00010001-globeplus-int


曰く、


古い資料をごそごそ探していたら、25年前の雑誌のバックナンバーが出てきた。

イギリスの王冠を大写しにしたカバーに、「時代遅れの理念」とタイトルがついている。この表紙を最初に見たときは、腰を抜かした。過激とも思える君主制不要論を主張したのが、イギリスのエスタブリッシュメント(支配エリート)の間で広く読まれている、歴史ある雑誌「エコノミスト」(1994年10月22日号)だったからである。

当時は、チャールズ皇太子とダイアナ妃の不仲が公然の事実となり、そのほかの王室スキャンダルも噴出していた。各種の世論調査では、「50年後もイギリスに君主制は存在するか」という問いに、「存在する」と答える人は、35%から50%に過ぎなかった。エリザベス女王の夫君エディンバラ公フィリップ殿下が新聞のインタビューで、立憲君主制を改めて共和国になるということも選択肢だと認め、「君主制は国民が望む限りしか続かない」と述べるほどだった。

そういう時代背景のもと、エコノミスト誌は、以下のように断じたのである。

チャールズ皇太子が将来の国王にふさわしいのかという議論が出ているが、これは間違った問いである。正しい問いは、王制は現代デモクラシーにとってふさわしい構成要素なのか、である。我々は、君主制の時代はもはや去ったと考える。廃止できればそれがベストだろうが、それでも君主制廃止に反対するのは、君主制を廃止するための労を惜しむからである。イギリスには、ほかに取り組むべき切迫した問題が存在する。
今読み返しても、そのドライな論理には舌を巻く。

その後、イギリス王室はなんとか危機を脱出した。チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚、そして同妃の不慮の事故を乗り越え、ウィリアム王子とハリー王子の結婚で国民は沸き立ち、王室は再び国民の信を取り戻したように見える。だが、驚くべきは、この四半世紀にあらわれた国民感情の振幅であろう。


そもそも民主主義において、世襲の特権を持つ君主制が維持されるのはなぜなのだろうか。イギリスや日本で語られてきた正当化の根拠は、おおむね、「権力」とは別に「権威」をもつ存在があったほうが、社会が安定するという論だった。政治が党派に分かれて激しく争っても、国民全体から敬愛される存在があれば、国民のまとまりが守られる、という考えだ。
ところで、「君主制」は「世襲」とは限らない。チベットダライ・ラマ制度のように、先代の遷化と同じ日に生まれたという〈偶然〉に基づく「君主制」もある。また、羅馬教皇は選挙によって選出された君主といえるだろう。また、独逸、伊太利、新嘉坡などには、国家元首だけど政治的な実権が殆どない大統領がいるけれど、この場合も、立憲君主制における君主と機能的に等価なのでは?
また、荒井利明『英国王室と英国人』に言及されていた、トニー・ブレア政権下で検討されていた王室改革案は、新王の即位に当たっては国民投票による信任を必須とするという、限りなく共和制に近い王制だった*1
英国王室と英国人 (平凡社新書)

英国王室と英国人 (平凡社新書)

ところで、三浦氏は「イギリス」という片仮名表記を使用している。「イギリス」という言葉の曖昧さ。ブリテン島の一部であるイングランド(England)が訛ったもので、通常はそのイングランドが属するブリテン島を主な領土とする連合王国、長ったらしくいえばThe United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland、略してUKを意味する*2。実際のところ、最近顕在化してきたのは、「イギリス」という言葉のこの曖昧さの危機ということなのでは? 

昨年夏、鎌倉で開かれた日英21世紀委員会に出席したときのことだ。日英関係に詳しい両国の専門家を前に、現代日本の政治について報告する機会があった。様々なテーマの中で、平成天皇の退位と改元の話に、イギリス側が高い関心を示した。

あるイギリス側参加者が後から説明するには、「高齢のエリザベス女王がもし逝去されたら、だれがイギリスをまとめるのか。ブレグジット問題で社会が分断される中、国家的危機を迎えかねないという危機感がある」というのだ。

なるほど、日本の天皇のように女王は現代のイギリスにおける国民統合の象徴なのか。

「イギリスにおける国民統合」というけれど、この場合の「イギリス」ってイングランドのことなのか? スコットランド北アイルランドは入っているのか? こういうことが既に自明ではなく問題的なものになっている。Brexit*3にしても、スコットランドなどの独立気運の活発化*4 とそれに対抗するように競り上がってきたイングランドナショナリズムという文脈抜きには理解し得ないわけだ。イングランドとは対照的にスコットランド北アイルランドではEU残留支持が多数だったわけで*5スコットランド人の意志を無視して勝手にBrexitしちゃった「イギリス」を見限る独立の動きはさらに活発化していくだろう。
次代の王はブリテンの王であり続けることができるのか、それとも(数百年前と同じように)「イングランド」王ということになっていくのか。