それは仕方がない

odd_hatch*1川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社文庫)」https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/2023/03/30/090000


この人が定義するような「職業」小説を期待するなら、川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』*2は全くつまらない小説だろう。


これは「珍しい職業」小説かと思った。最初のほうには校閲の仕事や方法が書いてある。でも、そこで職業意識に芽生えるとか、直面した難しさを乗り越えるとか、ミスをチームで解決するとかはない。仕事においてドラマはない。この仕事につくにあたっても、なにごとかの啓示をうけたわけでも、憧れを持ったわけでもない。なんとなくついた職業だが、長時間やっても体調の良し悪しに関係なく同じ品質で飽きることなくできるから続けている(というのは実は職業選択で最も重要なことだ。誰かの役に立ちたいとか、自分のステータスをあげるとかの目的を持つとうまくいかなくなった時に修正が困難)。
『すべて真夜中の恋人たち』は何よりも恋愛小説だろう。特定の他者によって自らの心が掻き乱される経験としての恋愛。それは好意といったノーマルな感情にも、また性欲にも還元することはできない。また、このような意味での恋愛は、それは物語のロジックに従って裏切られ・挫折するわけだが、この小説では、「わたし」が〈読む人〉から〈書く人〉(エクリヴァン)になるための或る種のイニシエーションになっているのだった。