「行き当たりばったり」など

島本理生*1「想像力を解き放つ愉楽」『毎日新聞』2021年10月17日


上掲のテクストの主題は、ピエール・ルメートル『その女アレックス』、小池昌代編『恋愛詩集』、菅原敏『季節を脱いで ふたりは潜る』という3冊の本なのだけど、それとは関係ない部分を抜書きしておく。


観劇好きの友人に誘われて、九月に銀座の歌舞伎座で「東海道四谷怪談*2を観た。お岩が夫の伊右衛門に裏切られて毒を飲まされ死んでいく様は、悲惨ではあるが、その圧倒的な演技の精彩さに引き込まれ、幕が閉じる瞬間まで魅了された。
伊右衛門の残忍さには行き当たりばったりな所もあり、一度は躊躇った岩との離縁を承諾してしまう等、かならずしも悪人として一貫していない部分が妙に生々しく、状況によって人は平然とひどいことをするのだと納得した。
落語の「怪談噺」について;

怪談ものが興味深いのは、言葉で語られるにもかかわらず、それが途切れた直後の静寂にこそ、見る者聴く者を引き込む怖さがあることだ。怪談ものの主役は、受け手の想像力でもあるのだ。先の舞台でも、岩が毒と知らずに薬を丁寧に飲む間の、耳なりがするような静けさが印象に残った。