最近日本では、25人の白雪姫というのが話題になっているらしい*1。私は小学校の〈学藝会〉とかで『白雪姫』が行われたという記憶はない。ただ、小学4年の時にクラスの〈お楽しみ会〉で(アドリブで)水戸黄門をやったという記憶がある。
さて、「死に神」*2と呼ばれた法務大臣*3を巡って、時代劇の話をしている方がいた*4。ところで、あの法務大臣を「死神」というのはやはりあまり適切ではないと思う。これまでの発言等から考えても、「死神」というよりは〈アイヒマン〉に近いキャラなのではないか。「死神」というと、私よりも上の世代では、「死神博士」つまり天本英世さんが思い出される筈なのだが、それはともかくとして、西洋の図像学における、あの草刈り鎌を持った死神というのはつまるところ、〈時間〉の擬人化ではあろう。
さて、時代劇である。曰く、
まあ、そう額面通りに「再生産」される「単純な倫理観」を受け取る必要はないし、そのように受け取っている人ばかりではないでしょう。時代劇におけるチャンバラというのは米国のミュージカルにおけるダンスに対応するもので、ダンスに振付師がいるように、チャンバラにも殺陣師がいる。また、殺陣というのはそれ自体が独立し藝として(日本舞踊のように)成立しています。チャンバラはダンスだというのが最もよく表れているのは『桃太郎侍』でしょう。何しろ毎回晴れ着に着替えるわけですから。時代劇というのは、メインのチャンバラ*5が先ずあって、それを成立させるために物語が捏造される。「勧善懲悪」が呼び出されるのはそこにおいてです。
世にある勧善懲悪ストーリーに馴染んだ人ほど、「素粒子」に書かれた「死に神」という呼称に対して違和感を感じるのかもしれません。たとえば時代劇、前半から中盤にかけて弱い立場の人たちが搾取され・レイプされ・殺されて、たまりにたまった不正義への怒りの感情が終盤のばっさばっさと悪人が切り殺されていくところのカタルシスを産みます。勧善懲悪のお話は、人を犯すもの・人を殺すものは自らもまた殺されなければならないといったような単純な倫理観の再生産をするものでもあるのです。
また、多くの時代劇の世界観で重要なのは〈やつしの美学〉でしょう。これは歌舞伎のコアにあったわけですが、近代以降、1960年代のアングラ演劇が復活させるまでは、少なくともハイ・カルチャーにおいては抑圧され続けた。田舎爺が実は前中納言・前副将軍、長屋の遊び人が実は北町奉行、ニート青年*6が実は将軍様(『暴れん坊将軍』)というわけで、これは本地垂迹説の世俗化されたヴァージョンであるともいえます。つまり、仏が姿を変えてこの世に現れるという信仰に遡ることができるのではないか。
さらにいうと、1960年代の対抗文化の余波を受けて、時代劇には、1970年代に、単純な「勧善懲悪」を宙吊りにする方向への転回があったといえる。例えば、『木枯し紋次郎』や最初池波正太郎原作の『必殺仕掛人』から始まった「必殺」シリーズ*7。また、『子連れ狼』もこの流れに入るのではないかと思う。拝一刀を、物語を突き動かすのは正義とかに回収されない恨みであり、復讐心なのだから。但し、この転回も(「必殺」シリーズを例外に)長くは続かず、さらに時代劇がジャンルとして衰退していった。これはやくざ映画の転回とけっこうパラレルな面があるのではないかと思う。また、興味深いことに、1960年代以降、逆に「勧善懲悪」化したジャンルが多分推理小説だと思う。古典的な探偵小説の世界*8というのは、例えば貧乏人や醜女は殺される資格がない、殺人者はアートとしての殺人を志向しなければならないという様式化された世界であり、物語は「勧善懲悪」という道徳ではなく、謎の解明という知性を軸に動く。それに対して、松本清張以降の〈社会派〉では、殺人の動機に巨大権力の謀略というのが導入され、巨悪を懲らしめるという「勧善懲悪」(あるいは、上からの圧力によって、その凝らしめが阻まれるという「勧善懲悪」の挫折)の物語となった*9。
まあ、「勧善懲悪」問題に関しては、〈忠臣蔵〉*10を如何に扱うのかにかかっているんじゃないですか。誰かが言っていたけれど、47人以外の赤穂藩士はどうなったのかといえば、他の藩に再仕官したり、或いは百姓や町人に転職したりして、安らかな人生を送ったことになる。つまり、〈忠臣蔵〉というのは失業して・再就職できない連中の焦りの物語ということになる。しかしながら、〈忠臣蔵〉の身も蓋もなくダークな側面に注目していた人というのは既に遅くとも幕末にはいたわけだ。『東海道四谷怪談』。
- 作者: 鶴屋南北
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1956/08/25
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 9回
- この商品を含むブログ (16件) を見る
*1:See http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20080617/1213716384 http://d.hatena.ne.jp/Romance/20080615#p1
*2:何故送り仮名があるのかわからない。
*3:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080622/1214148581及び、そこでのリンク先を参照されたい。
*4:http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20080626
*5:『水戸黄門』や『遠山の金さん』の場合、メインはチャンバラというよりは、〈見得切り〉になるでしょう。印籠を見せるとかお白洲で彫り物を見せるとか。
*6:旗本の部屋住とはそういうものでしょう。
*7:既に『必殺仕掛人』に中村主水が脇役として登場していたという記憶があるが、たしかなものではない。
*8:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080221/1203567187
*9:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080209/1202575426
*10:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080126/1201368535で少し言及した。