「窓」(堀江敏幸)

堀江敏幸*1「嵐の夜に君を思うこと」(『戸惑う窓』、pp.7-15)


冒頭の2パラグラフ;


部屋のなかにいて窓から外を見るときの、微動と静止。弛緩と硬直が交互に訪れるような感覚は、いったいどこから降りてくるのだろう。貼れていても曇っていても、昼でも夜でも、窓を介して外の景色を眺めていると、たとえば肘掛け椅子に深々と腰を下ろしてぼんやり天井を見つめていたりするのはまったくちがう種類の感覚に襲われることがあって、風景を味わうのではなく、窓の前にいることじたいを味わっているような気がしてくるのだ。
採光、もしくは換気という機能を与えられた窓は、なぜか機能以外の力で私に働きかける。外へ出ろ、内にこもるな、その場の気の張りを失うなと訴えるかと思えば、よくここまで来た、ここまで来れば十分だといった意味不明の慰めを送ってきたりもする。これは危うい、心身のバランスが崩れかけているのかもしれないと不安になるかもしれないと不安になることもしばしばだが、冷静に振り返ると、それは病的な幻聴ではなくて、あくまで自分の内なる声なのだった。つまり私がなにかに感応したのであって、なにかが私のどこかを狙ってじかに訴えてきたのではないのである。窓の前にいること、立っていても、坐っていても、窓の前にいて視線を外に向けていると、いつか、かならず、なにかが起きるのではないかと思わずにいられない。(pp.7-8)
ところで、「窓」とはあくまでも「壁に開けた穴」(p.9)であって、「ガラスの引き戸」のようなものとは違う。