“Bydro”はなかったけれども

吉行淳之介の短篇「あしたの夕刊」とつのだじろうの漫画『恐怖新聞』、それに石川淳ムソルグスキーhttp://kj-books-and-music.hatenablog.com/entry/2019/02/24/143225


途中、ムソルグスキーの『展覧会の絵』の話が挿入されている。


(前略)実際に『展覧会の絵』を聴いてみると、本当にグロテスクな箇所が結構ある音楽だった。ことに第4曲の「ビドロ」は、従来「牛車」を意味するとされていたが、初めて聴いた時から「ずいぶん恐ろしげな音楽だなあ」と思ったものだ。シャープが5個もある嬰ト短調で書かれたこの曲は、譜面からして(実際に見たことはないが)ダブルシャープが頻出するとげとげしいものであるに違いない。また、「ビドロ」が終わったあとに演奏される「プロムナード」は、それまで3度出てきた時の長調ではなく、打ちひしがれたようなニ短調で演奏される。
展覧会の絵』はピアノ曲もモーリス・ラヴェルが編曲した管弦楽も聴いたことがあるけど、遺憾ながら、プレイヤーや指揮者は憶えていない。勿論、冨田勲シンセサイザー・ヴァージョンも*1エマーソン・レイク&パーマーのヴァージョンも*2。ところで、ELPの『展覧会の絵』はもしかしたら、JAROから、タイトルをSome of the Pictures at an Exhibitionにしろと勧告されるかも知れない(笑)。『展覧会の絵』の全曲を演奏しているのではなく、「プロムナード」を除くと、取り上げられているのは4曲だけ。ほかには、オリジナル曲が2曲、名目的にはオリジナルだけど実際はビル・エヴァンスからのパクリというのが1曲、それとチャイコフスキーの「胡桃割り人形」。そして、最初の「プロムナード」と「キエフの大門」はグレッグ・レイク*3による歌が付せられている(作詞はレイク) 。つまり、ELPは「初めて聴いた時から「ずいぶん恐ろしげな音楽だなあ」と」思われた「ビドロ 」を演奏していない。だからといって、ELPの『展覧会の絵』が軽くて明るいというわけではない。どんよりとした感じ。勿論、グレッグ・レイクの歌手としての資質が大きく関わっているだろう。しかし、それだけではない。何よりもそれは歌詞の力だ*4 。「プロムナード」の歌い出し;

Lead me from tourtured dreams
Childhood themes of nights alone,
Wipe away endless years,
childhood tears as dry as stone.

From seeds of confusion.
illusions darks blossoms have grown.
Even now in furrows of sorrow
the dance still is sung.

そして、「キエフの大門」。これはどん底の暗さなのだろうか、それとも底を打ってもう浮上するしかないという明るさなのだろうか。最後の部分;

There's no end to my life,
no beginning to my death
Death is life.
ピアニストの佐藤卓史による「曲目解説」*5を読むと、『展覧会の絵』の成立にはムソルグスキーの親友であった建築家のヴィクトル・アレクサンドロヴィチ・ガルトマンの死が大きく関わっていた。ここでいう「展覧会」というのはガルトマンの遺作展のことだった。『展覧会の絵』の重さや暗さはたしかにこのことと関係があるといえるけど、それだけではELPの暗さは説明できないような気がする。やはり、1970年代のロック、特に英国のプログレッシヴ・ロックが抱えていた暗さや重さに関係しているのではないだろうか。”I take my leave of mortal flesh”と締め括られるキング・クリムゾンの”The Letters”が共有している暗さや重さ。
展覧会の絵

展覧会の絵

Pictures at an Exhibition

Pictures at an Exhibition

アイランズ

アイランズ