Williams, Bendelow and Crossley on Goffman(メモ)

承前*1

コロキウム〈第2号〉―現代社会学理論・新地平

コロキウム〈第2号〉―現代社会学理論・新地平

速水奈名子「身体社会学とゴッフマン理論」(『コロキウム』2, pp.80-102)の続き。
Williams & Bendlow、Crossleyのゴッフマン論の紹介。「彼らは社会構築主義的な身体観に抵抗し、社会学現象学的な身体観を取り入れることの意義を主張した」(p.86)。


Williams, S. & Bendelow, G. The Lived Body: Sociological Themes, Embodied Issues, Routledge, 1998
Crossley, N. “Body Techniques, agency and Intercorporeality: On Goffman’s Relation in PublicSociology 29-1, 1995



彼らはシリングと同じくゴッフマン理論における身体概念を、以下の三類型に集約している。まず、ゴッフマンが身体を?有体として捉えている点、次に?社会的階級を示すシンボルとして捉えている点、そして?社会的アイデンティティにかかわるものとして捉えている点の三点である。この類型化は、一見シリングのそれと同じように見えるが、?に関する捉え方において、両者の見解には大きな違いが見られる。シリングも、ゴッフマンが身体を有体として捉えていたと指摘しているが、彼はその際、身体を「自己によって操作が可能なもの」として扱っていた。つまり、シリングにとって、ゴッフマン理論における身体は、自己により操作される物理的な存在にすぎなかった。
しかし、ウィリアムズ=ベンデロウは、クロスリー(1995)の議論によりながら、このようなシリングの見解を批判的に捉え、ゴッフマン理論がデカルト心身二元論を突破している点を示唆している。彼らは、ゴッフマン理論における身体を、単に物理的な意味において有体であると捉えるのではなく、むしろ現象学的な、生きられた身体(メルロ=ポンティ)として捉えなおさなければならないと主張した。(pp.86-87)
ゴッフマンが1951年に、”Symbols of Class Status”(British Journal of Sociology II)という論文を発表していたことは知らなかった。
さて、クロスリーによれば、ゴッフマンは「A.シュッツにより提唱された直接世界(Umwelt)という概念についての考察を深めていた」(p.87)。たしかに、Umweltについての議論はAufbau*2に見られる。しかし、シュッツとメルロ=ポンティとの関係を云々するならば、もっと後期のテクストを参照しなければならない筈。何しろAufbauはシュッツがメルロ=ポンティを知る以前のテクストなのだから。また、シュッツとメルロ=ポンティとの関係については、(速水さんも指示しているが)西原和久『意味の社会学』、『自己と社会』をマークしておく。
社会的世界の意味構成―理解社会学入門

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意味の社会学―現象学的社会学の冒険 (武蔵大学研究叢書人文叢書)

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自己と社会―現象学の社会理論と「発生社会学」

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クロスリーが言及しているとおり、この直接世界とは身体を介した知覚をもとに広がるものである。したがって、身体は世界を経験するための装置であり、身体と世界は相互依存的な関係にあるということができる。また(略)この直接世界の認識は自己認識とも深く関わっている。
クロスリーは、ゴッフマンも他者との対面的な世界を基調にした理論を展開することで、間主観性の問題を考察していると指摘している。彼が指摘するように、ゴッフマンは後期の著作、Relations in Public(1971)において、身体としての行為者が、「他者志向」的に、状況に即した行為(状況的な身体技法)を遂行していく様子を分析している。すなわち、ゴッフマンの相互行為論(特に[略]経験の組織化に関する議論)とシュッツ(メルロ=ポンティ)の議論は両者ともに、身体としての行為者が、世界、そして他者をいかに認識し、さらに「主体」として、日常世界をいかに構成していくのかを分析しているという点において、共通する部分があるといえるのである。
(略)シリングは主に、ゴッフマン理論における身体は、社会的に統制されるべきモノとして描かれているにすぎないと考えていたようであるが、クロスリーが指摘するように、ゴッフマン自身は身体を、現実の認識を担う中心点と捉え、またそれが社会的世界をどのように構成、再構成していくのかを詳細に検討していたのである。(pp.87-88)