亀和田武「漣健児と「ミュージック・ライフ」の時代。」(in 『60年代ポップ少年』*1、pp.34-39)
1960年代前半の『ミュージック・ライフ』*2。
さらに、「キューバ危機だけど、早く早くお便りネ。」*5から;
ビートルズ登場以降の紙面刷新で、「ライフ」といえば洋楽専門誌のイメージがある。しかし六三年いっぱいまでは、漣健児*3の訳詞を歌う日本人ポップス歌手の近況が七割、そしてビルボードやキャッシュ・ボックス誌のチャートの紹介と欧米の新人歌手に関する情報が三割という、当時の私には願ってもない誌面構成だった。
飯田久彦や克美しげる*4、清原タケシ、齋藤チヤ子といった歌手の写真や新譜の情報も洩らさず目を通したが、だんだんと欧米のシンガーの名前も気になってきた。日本で大ヒットしたジーン・ビットニーの『ルイジアナ・ママ』はアメリカではベスト100にも入らない曲と知っておどろいた。逆に、フェビアンやフランキー・アヴァロンのように、アメリカでは超人気シンガーなのに、日本ではさっぱりというケースもある。(p.38)
[『ミュージック・ライフ』の]投稿欄で目についたものを、もうひとつ紹介しておこう。「ウェスタンの好きな十七歳の純情な高校生。好きな歌手は、ジミー時田、井上高、好きなバンドはマウンテン・プレイボーイズ。それにウェスタンのバンド作りたいのだけど、ギターのうまい人お便りネ。男女を問わず早く早く、お便りチョウ」。
(略)当時まだ新人編集者で、後に二代目編集長となる星加ルミ子の記事にも似たようなテンポ、語り口調があった。そんな「ライフ風」文体の影響があるかもしれない。さて、この十七歳の純情な高校生の名前と住所はと見ると、なんとビックリである。千葉県千葉市幕張町四の五三 椎名誠。こう記されていたのだ。
なんだ、椎名さん*6も「ライフ」の愛読者だったのか。(略)「ギターのうまい人お便りネ。男女を問わず早く早く、お便りチョウ」の一節には、明らかに後年の椎名風テイストが見てとれる。そうかそうか。あのユニークな変拍子の文体は、ルーツを辿れば、一九六〇年代前半の「ミュージック・ライフ」に行き着くのか。いや、ほんの思いつきですけどね。(p.45)
*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/08/27/111345 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/09/16/141142 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/11/06/214621
*2:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160921/1474471850 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/09/16/141142
*3:本名は草野昌一。当時の『ミュージック・ライフ』の編集長だった(p.39)。
*4:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20131003/1380810668
*5:pp.40-45
*6:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080821/1219290302 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20141123/1416671575 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150216/1424013058 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20160920/1474377059 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/04/05/145157 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/08/14/102244 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/01/26/110037 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/03/06/143954
