「代表」と「民主主義」

山本圭『現代民主主義』*1から。
「国民の代表者の集合である議会が、主権者の意思を表しているというフィクションによって成り立つ」「代表制は、古代と現代の民主主義の最も大きな違いの一つだろう」という(p.3)。


代表*2と民主主義がまったく異なる出自をもち、ときには対立しかねない概念であることは強調しておく価値がある。(略)デモクラシーは古代ギリシャにそのルーツをもち、市民の直接的な政治参加と自己決定の経験がもとにある。
これに対し、代表の概念は古代ギリシャでは知られておらず、古代ギリシャの言葉に、”representation”に対応するものはなかった。むしろ、この用語の起源はローマにある。ただし、もともとのラテン語の動詞repraesentareは「即座に支払う」「側近で支払う」、あるいは「他人の前に直接現れる」ことを意味しており、この言葉が「代行する/代役を務める」といった現代の用法にほど近い意味と結びつく最初期の例は、ローマのキリスト教学者テルトゥリアヌス*3の三位一体論に見出される(Vieira and Runciman 2008*4 )。
このように、代表と民主主義は別々に発展してきた概念であり、両社が現在のようなかたちで邂逅するのは近代以降のことに過ぎない。そのため、代表と民主主義のあいだには少なからず齟齬があり、代表制は真の民意を捻じ曲げるものだと批判する言説は珍しくない。
代表制をもったこんにちの政治体制は「自由民主主義」あるいは「リベラル・デモクラシー」と呼ばれる。一般にこれは、フランス革命以降にヨーロッパ諸国を中心に成立した政治体制を指す。特徴として、代表者によって構成される議会があり、複数の政党が競合しながら存在し、定期的な選挙で政治家を交代する仕組み(普通選挙)を備え、主権者は君主や貴族ではなく国民である、といった基本的な構造をもつ。
いずれも私たちにとってはお馴染みの諸制度であるが、古代ギリシャ人からすると、このような政治体制が同じ民主主義だとは信じられないに違いない。政治学者のロバート・ダール*5は、代表制を伴った民主主義への受容には、デモクラシーの主要な現場が都市国家(ポリス)から国民国家に移ったことが大きいと指摘する(Dahl 1988*6 )。自由民主主義は、市民の直接参加というデモクラシーの古代的な意味からの大きな転換の産物なのである。(pp.3-4)