「中秋」など

吉良佳奈江「みちみちる月のように」『ほんのひとさじ』(書肆侃侃房)24、pp.28-29、2020


曰く、


長い間アジアから来た若者たちと過ごしてきた。彼らは毎年日本人とは違うタイミングでソワソワする。帰国が叶わなくて家族に電話して友人たちと食卓と囲む。ツァガンサルとか、ソルとか、テトとかチェンジエとか、彼らが口々に母語で呼ぶ正月は同じタイミングで訪れる。月が新月になる夜に1年がリセットされる。日本では旧暦の正月は地方に残るけど、国の大文字のカレンダーからは姿を消してしまった。かつてはアジア一帯で同じ夜に暗い空を、そこにあるけど見えない月を見上げていたと思うと不思議な気がする。
しかし、今でもアジア一帯で同じ空を見上げる夜がある。月が明るく、大きく輝く夜だ。日本の秋の十五夜は、韓国でもベトナムでも中国・台湾でも美しい月を見上げる夜だ*1。満ちてゆく月に祈りを重ねたくなるのは、昔も今も同じ気持ちなのだろう。日本でも月を見ますか? 私の国でも月を見ます。と教えてくれたベトナムの若者は、ココナッツ風味の月餅のお土産をくれた。バイン・チュントゥー。漢字で書くと餅中秋。文字通り、中秋のお餅。(p.28)
また、

余談だけど、ベトナム語を少しだけ習っていたころ、ベトナム語の発音が不意に漢字とリンクして、言葉の意味がパッとつかめる瞬間があった。日本語とベトナム語の漢字の読み方の間にはいくつかの基本的なルールがあって、私はその間に韓国語の漢字音を介してもいたけど、例えば英〈エイ〉は韓国語では〈ヨン〉でベトナム語は〈アイン〉となる。だとすれば〈バイン〉は、韓国語では〈ビョン/ピョン〉で日本語では〈ベイ/ペイ〉となるはず。果たして、バインは煎餅のベイで月餅のペイだった。もっと言えば、私の好きなベトナムサンドイッチのバインミーのバイン。この単語は粉もの全般を指すのでたこ焼きもバインで、彼らはバインタコヤキと呼ぶんだとか。(pp.28-29)