文明の消滅を巡って

鹿島茂*1「侵入者の意図せぬ商品経済の破綻」『毎日新聞』2020年10月17日


ブライアン・ウォード=パーキンズ『ローマ帝国の崩壊』の書評。


ローマ帝国ゲルマン民族の侵入によって崩壊したあと、ローマ文明はそのまま消え去ったのか、それとも新しいかたちで継承されたのかという問題はピーター・ブラウンが『古代末期の世界』で後者の考え方を提起して以来、世界の歴史学で最もホットなテーマとなっている。本書は、考古学資料に論拠を求め、「やはり文明は終わっていた」とする前者の立場に立つ一冊である。

著者はまず、文明の進捗度は中心部の最富裕層の贅沢品ではなく最辺境の民衆の日常品に見るべきだという視点を採用する。最辺境の民衆が日々の暮らしの中で使った容器や用具が頑丈で使い勝手がよく、高品質であるかどうかが文明のバロメーターなのだ。というのも、品質管理の行き届いた製品が流通網を通じて最辺境にまで届けられるには分業体制の整った大規模な生産設備や道路網などのインフラ、さらに完璧な官僚体制と貨幣経済が不可欠だからだ。
ウォード=パーキンズが注目するのは、「アンフォラ(大型水差容器)」「食卓用精製陶器」「屋根瓦」である。これらは帝国滅亡後のブリテン島などの辺境部の遺跡からは「激減」する。「また小さな取引に役立つ銅貨がポスト・ローマ期の最辺境の遺跡から姿を消した」。