遺伝するの?

承前*1

澤田瞳子「古代びとの病」『毎日新聞』2020年5月31日


曰く、


(前略)平安期、王朝貴族の代表例とも呼ぶべき藤原道長*2が糖尿病に苦しんでいたことは、最近はずいぶん知られている。道長と同時代に生きた藤原実資*3の日記によれば、道長は50歳を超えた頃からしきりに 喉の渇きを訴えて水をがぶがぶ飲み、時に疲れ切った様子を見せたという。これは糖尿病の典型的な症状で、当時の人々はそれを指して「飲水病」と呼んでいた。
当時の貴族社会では飲水病患者が非常に多く、この頃の酒が糖質の多い濁り酒だったことを原因とする説もある*4。ただ実は藤原道長に限れば、その病は生活習慣のせいばかりではない可能性もあるのだ。
道長の同母兄に道隆なる人物がいるが*5、彼はある時期から水を盛んに飲み始め、ついにはひどくやせ細って没している。更にその息子の伊周*6は、父亡き後、叔父・道長との権力等々に敗れて凋落した人物だが、彼は死のしばらく前から父と似た症状に苦しみ、37歳で没している。近い血縁者にこれほど糖尿病患者が集中している事実は、彼らの病気が遺伝性の糖尿病だった可能性を示している。
ちなみに道隆・道長には、道兼なる同母兄弟*7がいる。彼も糖尿病に苦しんでいたとすれば、兄弟が糖尿病因子を有していたとの説を補強できるのだが、長徳元(995)年に当時流行していた疫病*8で亡くなっている。
糖尿病って遺伝するのか? もしそうだとすれば、道長の子孫の糖尿病罹患率は近現代(例えば近衛文麿*9)に至るまで、有意に高いということが言えるのだろうか。また、現在の天皇も母系を通じて「糖尿病因子」を受け継いでいる筈なのだ。