「心の闇」を超えて

上東麻子*1「福祉現場や政策 重い責任 やまゆり園事件は終わったか」『毎日新聞』2021年2月11日


神奈川県相模原市障碍者施設「津久井やまゆり園」で起きた障碍者虐殺事件。犯人の植松聖の死刑が確定して一件落着というわけではない。上東さんは「事件を「優生思想」や植松死刑囚の「心の闇」で片づけてはいけない」という。「「障害者を人として扱っていない」とも言える福祉の実態と、それを容認してきた社会の在り方」が問題である。


植松死刑囚がなぜ犯行に及んだのか、判決は次のように指摘した。「職員が利用者に暴力を振るい、食事を与えるというよりも流し込むような感じで利用者を人として扱っていないように感じたことなどから、重度障害者は不幸であり、その家族も周囲も不幸にする不要な存在であると考えるようになった」

事件は「やまゆり園=被害者」「福祉=善」の構図で語られてきた。判決はその構図に疑問を投げかけた。
神奈川県がやまゆり園を調査すると20人25件の身体拘束が行われていた。外部識者による検証委は、24時間の居室施錠を長期間行うなど、虐待の疑いが極めて濃い行為が行われていたなどと指摘した。
取材を進めると、利用者に暴力を振るったり、「(利用者に)税金を使う必要があるのか」と発言したりする職員がいたことも浮かんだ。ある入所者の個人記録を入手すると、長期間にわたり1日9~11時間、車椅子に拘束されていた。(後略)

園を運営する社会福祉法人「かながわ共同会」が運営する別の施設でも問題が発覚した。昨年9月、虐待通報があり県が立ち入り調査した直後、理事長は職員向けに、通報した職員は「懲戒処分の対象にもなりうる」との文書を出した。障害者虐待防止法は虐待の疑いを見つけた人に通報義務を課し、同時に通報者の保護も定める。法の趣旨に明確に反する行為だ。県の外部評価委員会は共同会のガバナンスを問題視し、理事長ら3幹部は退任することになっていた。
一方で、やまゆり園は神奈川県立施設だ。これまで不適切な支援を見逃してきた県の責任も大きい。理事の半数は県OBだ。共同会への指導徹底と同時に自らも襟を正すことが求められる。
障害者を「隔離」してきた障害福祉政策の在り方も問われる。1964年開設のやまゆり園の歴史は日本の障害福祉政策の歴史そのものだ。当時、全国に大型施設が相次いで建てられた。国は近年、施設から地域のグループホームなどへの「地域移行」を進めるが、受け皿は不十分で重度者は施設に残されている。やまゆり園で殺傷されたのはこうした人たちだった。
地域社会の問題も根深い。障害者施設への反対運動について私は一昨年、全国調査をしたが、住民の反対で開設を断念したなどの事例が少なくも68件あった。住民の不寛容が障害者を施設へと追いやっていた。
こうしてみると支援現場、運営法人、県、国、人々の心に巣くう偏見⋯⋯。事件の責任は重層的だ。