「脳」の後に(梨木香歩)

梨木香歩*1「個性は消えない5」『毎日新聞』2020年7月26日


「たとえ論理的に考え抜く力をなくしても、動けなくなっても、私たちには幸福で満たされる可能性がある」という。


(前略)脳が損なわれたら(略)個性を醸成するものは消え失せてしまうのだろうか。直接そのことの答えになるとは断言できないが、力強く思った幾人かの説がある。そのうちの一人、アメリカの研究者、マイケル・D・ガーション博士は著書『セカンドブレイン』で、腸は脳とは別に、「感じ、判断し、行動する指示を出す」独自の神経系を持つ、第二の脳であるとしている。それから傳田光洋氏の数々のご著書、腸神経系が失われたとしても皮膚がある。もともと化学熱力学を専攻していた傳田さんが皮膚の研究を始めたのは三十歳を過ぎてからのことだったらしいが、その後彼は「各層バリアを作る表皮の細胞が、実はバリアを形作るだけでなく、環境変化をモニターするセンサーや、そこで受けた情報を処理する機能まであることがわかってきました。さらにはその情報は、神経や免疫系、循環器系、内分泌系など様々な全身のシステム、さらには私たちのこころにまで影響を与えている可能性が浮かび上がってきました。ここで私は『皮膚も脳である。言わば第三の脳だ』という宣言を行います」と記している(傳田光洋『第三の脳』)。