「最も尊い才能の一つ」(梨木香歩)

梨木香歩*1「少しずつ、育てる3」『毎日新聞』2019年12月8日


「誰の手も時間も取らず、一人だけで満ち足りてきげんよくしていられる」ことは「最も尊い才能の一つ」だということ。しかし、


(前略)たいていの場合、子どもが一人できげんよくしているとき、親は落ち着かなくなるものであるらしい。ついちょっかいを出したくなる。きげんよく漫画を読んでいるのが目に入ると、もう宿題はすんだのか、と声をかけたくなり、ぼんやりきげんよく日向ぼっこをしていると、ぼうっとしないで○○しなさい、と命令したくなる……。子どもが一人で満ち足りているという状況は、親を不安にさせるのではないだろうか。けれどやがて、その子が老いて老人用の施設に入ったとき、もっとも歓迎されるのはこの「一人できげんよくして」いられる才能である。これは人間の、いや生物の、なんというか存在のたしなみともいえる特技ではないか。だから、「引きこもっている」皆さんは、この才能を鍛錬するのに最も適した状況にあると思う。瞬間瞬間、自分自身を幸せにする、少し、周りを片付けたりして、自分を心地よくさせる。結局人生の究極の目的は、そういうことに尽きると思うのです。