「ターナー」の「棚」

ピスタチオ (ちくま文庫)

ピスタチオ (ちくま文庫)

梨木香歩*1『ピスタチオ』の冒頭で、主人公「棚」の名前の由来が明かされている;


棚、という名は翠が自分でつけたペンネームだ。仕事でたまたま編集者といた喫茶店の壁に、ターナーの複製画が架かっていた。原稿の話をしながら、その絵がちらちらと視界に入ってきた。何か明確でないものを明確でないままに描こうとしていた人だったな、とぼんやり思っていると、昔の知人の特徴が思い出されていくように、その画風が次第に脳裏に蘇ってきた。そういえば、昔会社勤めをしていた頃、休みをとってこの画家の絵を集めた美術館に通ったこともあったのだった。大気とか、気象とか、そうだ、「緑」をまるで描かない人だった、と思い出す。それからこの画家の人生でも、若い頃から晩年まで、画風が変わっていったことも。ええと、彼がこのタイプの絵を描いていたときは……、当時は自分のなかで常識のようなことだったのに、いとも簡単に忘れてしまえる。いや、忘れていたのではない、自分の頭の中の棚の、意識のサーチライトが最近照らしていなかったところに、彼は入っているのだ。忘れられていた場所、自分が忘れていた場所、そういう棚。
この原稿、次の号から載せますが、本名のままでいいですか。突然そう訊かれて、いえ、それなら、タァナァ、としてください、と思わず答えた。タ・ナ? 片仮名で? 咄嗟に、いえ、漢字の、棚、と、自分でも思いもかけない言葉がついて出た。棚、編集者はちょっと戸惑ったようだった。名前って分かってもらえるかなあ。せめて名字をつけるとか、しませんか。そうですね、ちょっと考えてみます。少し譲歩してそう言ってはみたものの、やはり、棚、で通すことにした。家に帰って、頭の中で、棚、という名前を何度か転がしてみたが、違和感がなかったからだ。思いつきで思わず口にした言葉だったが、口にした瞬間、すでにその即物的な響きが気に入っていた。次の日電話でそう告げて、以来、仕事関係の人々からほとんど、棚さんと呼ばれている。今ではその名を呼ばれる方がしっくりくる。山本翠という名には、生まれてからこれまでの、何かねちょねちょしたものがまとわりついている気がする。棚、と呼ばれるたびに、まだ何も入っていない棚を前にしているような、小さな爽快感が感じられた。(pp.7-8)
日本国内でターナー「の絵を集めた美術館」とは何処にあるんだろう? と思った。
この小説の前半は東京の三多摩地区、後半はかつてターナーの同国人が殖民地化したウガンダを舞台にして展開される。後半まで読み進めて、まだ「ターナー」的な風景を感じたことはない。もしターナーがアフリカのサヴァンナに行ったらどんな絵を描いたのだろうかとは思うけれど。「ターナー」的な風景とここで言ったのは勿論あの、印象派を先取りしていたともいえる海景。
ターナーについては、例えば、


ターナー協会 http://www.turnersociety.com/
Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/J._M._W._Turner
David Blayney Brown “Joseph Mallord William Turner 1775–1851” https://www.tate.org.uk/art/research-publications/jmw-turner/joseph-mallord-william-turner-1775-1851-r1141041