反視覚の美学

陰翳礼讃 (中公文庫)

陰翳礼讃 (中公文庫)

高階秀爾*1「なつかしい一冊 谷崎潤一郎著『陰翳礼讃』」『毎日新聞』2020年6月20日


高階氏谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』*2に日本的美意識の非(反)視覚性を見出している。


西欧の美学では、人間の身体の美は、人体比例や動態表現など、眼に見える指標によって規定される。つまり視覚の美学である。だが人間存在闇に隠されている日本では、視覚は遮られて代わりに聴覚、嗅覚、触覚などが大きな役割を果たす。『源氏物語』に登場する女性たちが、どのような容貌、姿態であるかは、ほとんど語られていない。その存在を暗示するのは、琴の音やうたう声、室内の衣ずれの音、漂う香の匂い、しなやかな黒髪の手触りなどで、それによって女の身体が生々しく甦る。このやり方を自己の創作に応用した時、谷崎文学の頂点が達成される。
そして、谷崎文学の反視覚性;

『盲目物語』は、盲目の語り手が美女お市の姿態と運命を語る話であり、『春琴抄*3では盲目の師匠を慕う佐助がその美しさとひとつになるために、自ら眼をつぶす。いずれも視覚の否定による女性美顕現の物語と言ってよい。『盲目物語』の完結は昭和6(1931)年、『春琴抄』はその二年後、そして『春琴抄』完成の年の末に『陰翳礼讃』が書かれた。さらにその2年後に『源氏物語』口語訳という大事業が始まる。谷崎文学が陰翳の美学と深くかかわっていることは明らかであろう。
吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

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春琴抄 (新潮文庫)

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