変体仮名をご存じない

東京新聞』の記事;


草加にちらほら…なぜ「せん遍以(べい)」 八潮の昼間さん、方言漢字を探る

2019年11月16日



 言わずと知れた草加市の名物「草加せんべい」。製造・販売する市内の店舗を巡ると「せん遍以(べい)」と表現した看板や商品がちらほら。なぜ「煎餅」ではなく、この漢字を使うのか。疑問に思った独協大職員の昼間良次さん(45)=八潮市=は、その土地だけで知られる「方言漢字」とみて、謎を探っている。 (近藤統義)

 東武草加駅に近い県道交差点の角にある、老舗せんべい店「志免(しめ)屋」。看板には「草加せん遍以」の文字が見える。信号待ちをしていた昼間さんが、ハッと気付いたのは一年前のことだ。「『遍以』はこれだけでは読めない。草加特有の表現なのではないか」

 地名と街づくりを考える市民グループ「八潮の地名から学ぶ会」の事務局長として、さまざまな方言漢字を調べてきた昼間さん。早速、市内の約五十店を訪ね歩いて商品の包装紙やシールを集め、店主らに「せん遍以」と表記する理由を尋ねた。

 ただ、その答えは「考えたことがない」「昔から使っているから」がほとんど。残念ながら核心には迫れなかったが、同じ店でも商品によって使わなかったり、値段が高い商品に使ったりする傾向があることが分かってきた。

 店主の中には「固焼きの特徴がイメージとして伝わるよう、平仮名ではなく漢字なのでは」と推測する人も。独協大の中国人教員に相談すると、「遍」には広がるとの意味があり、商売の験担ぎだとする解釈も飛び出した。

 その上で昼間さんは、変わった漢字を使うことで本場感や元祖感を出す▽他の店との差異を強調する▽高級感やお薦め商品としてアピールする-などの仮説を立てた。東北の南部せんべいや名古屋のえびせんべいなど、県外でも使用例がないか調査を進めている。

 これらの調査結果は、十七日に八潮市の八潮メセナ・アネックスで開かれる「方言漢字サミット」(入場無料)で報告する。昼間さんは「文字という表層から遡(さかのぼ)り、背景にある人の営みや文化、歴史を感じてほしい」と話している。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/list/201911/CK2019111602000149.html

この昼間さんという方も混同もとい近藤という記者も、変体仮名*1という言葉を聞いたことがないのだろうか。この「遍以」は(オリジナルの記事の)写真のように、草書っぽい書体で書かれているのであって、楷書で書かれることはないわけですよね。また、平仮名の起源は漢字の草書体。さらに遡れば、漢字を表音文字として使った万葉仮名或いは宣命*2ということになる。そして、表音文字としての漢字というか仮名が完全に統一されるということはなかった。完全に統一されたのは明治になってから。現行の平仮名として生き残った以外の仮名を変体仮名という。変体仮名は字として用済みになってしまったが、老舗の看板とか箸袋とかで生き残った。草加の「せん遍以」もそうだろう。私が変体仮名を気にし始めたのは、子供の頃に、蕎麦屋の看板のあの変な字は何だろうと思ったときだろうか。
「方言漢字」というコンセプトは「漢字」というものを考えるに当たって(この昼間さんが考えているのとは全く別の意味で)非常に重要なのではないかと思う。例えば広東語などの中国語(漢語)の諸方言の内部でしか通用しない漢字、方言字というのはある。「浜」という字はどうだろうか。これは日式簡体字における「濱」の略字ではなく、水路という意味。しかし、上海周辺でしか使わない方言字。以前書いたのだけど、上海に「横浜路」という道がある*3。最初、この道を知ったとき、この辺りは昔日本人が多く住んでいたのでYOKOHAMAに因んで命名されたんじゃないかと思ったのだった。しかし、YOKOHAMAなら横濱、簡体字では横滨。実は近くに「横浜」という川があって、それに因んだもの。このような特定の地方だけで使われる字を「方言漢字」とするならば、中国周辺の漢字的な文字、例えば広西の壮文字やヴェトナムの字喃、さらには日本では国字と呼ばれる、畑とか峠とか堺とかも「方言漢字」だといえるわけだ。