「ぬた」と念む

黒石直樹「「垈」読める? 意味は? 山梨にしかない漢字、ルーツ探ってみた」https://withnews.jp/article/f0180719000qq000000000000000G00110601qq000017525A


抜書きしてゆく。


「垈」は「ぬた」と読みます。

 山梨県内で「垈」を使う地名は大垈(甲斐市身延町)、垈(市川三郷町)、砂垈(富士川町)、藤垈(笛吹市)、相垈(韮崎市)などがあります。

 朝日新聞の過去の記事を検索できるデータベースで「垈」を探すと、175件がヒットしました。でも、国内の記事は全て山梨県に関するものです。


「大垈」がある甲斐市生涯学習文化課の担当者に聞くと、「『垈』は湿地帯や沼地の田んぼを表す『ぬたば』を意味する漢字ですよ」と教えてくれました。

 「旧双葉町周辺は元々水の少ない地域だが、水がわき出る場所があり、その一帯が湿っていたことから、そう呼ばれるようになったそうです」。「ぬたば」と呼ばれる湿地帯には、多くのイノシシが泥を体に浴びるために集まったそうです。

 旧増穂町誌(1977年発行)にも、「砂垈」について「盆地底の水田は沼田であったらしい地形で、地名の『垈』はこの沼田を意味するものと思われる」と書いてあります。「沼田」は「ぬた」と読みます。どうやら「ぬたば」がキーワードのようです。

「ぬたば」という言葉は、第一義的に猪が泥浴びをする場所として憶えている。たしか、『もののけ姫*1にも出てきた筈。

「ぬたば」の表記は、広辞苑が「ぬた場」、ウィキペディアには「沼田場」とあります。手元の漢和辞典をめくっても「垈」の項目は見つかりません。この漢字はどこから来たのでしょうか?

 手がかりを得ようと甲府市の県立図書館で見た「角川日本地名大辞典 山梨県」(84年発行)で気になる記述を見つけました。「垈」が地名字の特色あるものとして紹介され、「ヌタの音を『代(たい)』で表して、『土』の字と合字して湿潤な土地であることを表したもの」とあります。音と意味を組み合わせてできた漢字?

「方言漢字」*2という概念;

JIS漢字や人名用漢字常用漢字の改定などに関わった早稲田大の笹原宏之教授*3(日本語学・漢字学)を訪ねて、解説してもらいました。「『垈』は日本では甲州だけで使われている『方言漢字』です」

 笹原教授は地域独自の漢字を「方言漢字」と名付け、全国各地に赴いて研究しており、同名の著書もあります。「漢字は日本全国で同じと思われがちですが、実は地域ごとに違いもあるのです。『垈』もその一つです」。県内でよく見かける名字の「薬袋(みない)」さん、「㓛刀(くぬぎ)」さんも山梨だけの方言漢字。「中込」さんを「なかごめ」と読まずに「なかごみ」と読むのも山梨らしいものだといいます。

 笹原教授によると、「方言漢字」は、ある漢字の形が省略されたり、方言を漢字で表そうとしたりして全国で生まれているそうです。「垈」については、「ある地域が『ぬたば』にちなんだ名前で呼ばれており、それを文書に記録する際に平仮名だと違和感があるので独自に漢字を作ったのではないか」と推察します。

 確かに「ぬた場」だと落ち着かない感じがします。笹原教授の著書「国字の位相と展開」によると、「垈」の字が文献に登場し始めたのは室町時代後期ごろから。作者は文書に記録する役人や寺のお坊さん、学者が考えられるといいます。

他の地域でも同じような動きがみられます。

 高知県では同じ意味で「汢(ぬた)」という字が作られ、地名として使用され、東京都では「ぬた」という音を表すために、中国の山の名前で使われる漢字「岱(たい)」が転用されています。さらに中国、韓国、ベトナムでは「垈」が別の意味で使われた文書が見つかっているといいます。「元々存在している漢字を組み合わせた結果なので、あちこちで偶然、同じような組み合わせの漢字が現れたのでしょう」

「方言漢字」は「全国で生まれている」だけではないだろう。中国国内の「方言漢字」やヴェトナムの字喃とかを含めて考えれば、東亜細亜全域における漢字の現地化の努力の成果ということになるだろう。
さて、「垈」がちゃんと表示されるのかどうか、とても不安だ。ただ、文字のJIS規格というのはそもそも土地台帳の電子化のために定められたということがあるので、地名に使われているのであれば、表示されるのだろう。