ランダムではない変異

塚谷裕一「ゲノム編集食品解禁への危惧」『毎日新聞』2019年6月6日


厚生労働省は「ゲノム編集技術を使った食品」を「解禁」する方針だという。「ゲノム編集*1の結果は自然の突然変異と区別できない」ということなのだそうだ。
それに対して、塚谷氏は異議を唱えている。


ゲノム編集産物に大きな経済価値が期待されるのは、従来品種と異なる新たな性質を持つからだろう。自然の突然変異と同じような変異を起こすだけで、より商業的に優れた産物となる理由は、素材側の遺伝子の「組み合わせ」が新しいからだ。
つまりゲノム編集は運任せではなく、素材と突然変異の組み合わせに明確な「設計の思想」がある。設計のプロセスがあるなら、他の商品と同じく製造物責任を問い、[情報開示の]届け出を義務化すべきだった。
遺伝子の組み合わせに恣意的な選択がなされる以上、決して自然とは言えないことは重要だ。日本人のゲノムを調べれば、無数の突然変異のレパートリーが得られるだろう。しかしそれぞれの突然変異がある特定の組み合わせで偶然そろうことは、めったにない。だからこそ一人一人には個性があり、かけがえのない個人という概念につながるわけだ。
それぞれの種がその種のままでいられるのも、この偶然性のおかげだ。魚のゲノムの中には、両生類に進化するのに必要な突然変異の素材のセットがすでにあるのかもしれない。しかしそれらはバラバラに存在するだけであり、それら突然変異が全てそろって魚からいきなり両生類に進化するのは、確率的にはほぼゼロだ。
しかし、ゲノム編集はその変異の組み合わせを恣意的に選ぶことができる。これは決して自然ではない。自然変異と同じ素材だから、その産物も自然であるという理屈は、この点でまったくの誤りである。