墜落した自衛隊機

電車道 (新潮文庫)

電車道 (新潮文庫)

磯崎憲一郎電車道*1の中のエピソード。
映画女優である「電鉄の男」の娘の初主演映画『巨大蛭』のロケが行われている奄美大島での出来事;


(前略)昭和三十七年九月三日の午後五時、子宮外妊娠の女性の手術に必要な血液を鹿児島から奄美大島に空輸した自衛隊機が墜落炎上した。飛行機は血液の投下予定地をいったん通過した後、低空から再度進入しようと急速旋回したところで樹木と接触し、そのまま山腹に墜落したらしかった。火炎はふもとの民家にまで広がり、二十一棟が全焼、二時間半後にようやく鎮火した。この事故で乗員十二名と、墜落現場の近くで農作業をしていた島民一名が命を落とした。自衛隊機が到着するより前に、地元の高校生からの献血で妊婦は無事手術を終えていたということが、後になってから分かった。自衛隊機の墜落事故は、いやでもあの、空襲の時代を思い出させた。(後略)(pp.216-217)
勿論、本当にあったことなのかどうかはわからない。また、このエピソードは小説の次の節には影響を及ぼしていない。まあこれだけでも、長編小説や映画が構築できるかも知れない。作者が一旦は提示しつつもそのままほっぽってしまったストーリーを改めて拾って、長編小説や映画を構築するというのは、著作権上はどういう扱いになるのだろうか。まあ、これも〈二次創作〉の一種ということになるのか。

映画女優になって十一年目にようやく彼女に来た主演の話も、文芸作品と併映の特撮怪奇映画だった。南海の孤島に閉じ込められた男女が、核実験によって突然変異した巨大な蛭に襲われ、一人また一人と、吸血人間と化していくという物語だった。後に海外にも輸出され、アメリカや北欧でマニアックなファンを作ることになるこの作品が、けっきょく彼女の長い女優人生を通じての一番の代表作として人々の記憶に残ってしまうのだが、最初に『巨大蛭』というタイトルを見て、台本を読んだときに彼女が持ったのは、こんな子供だましのストーリーでも九十分の、総天然色の映画が撮られてしまうのだから、日本もずいぶん豊かになったものだ、という感想だった。(後略)(p.206)
この非実在映画『巨大蛭』が実在してしまうということは今後あるのか。