「島」

大竹昭子須賀敦子の旅路』*1から。


ヴェネツィアの地図を机の上に広げてじっくりと眺める。頭が陸のほうに向いた魚のかたちをした島を、カナル・グランデがふたつに分けている。少し引いて眺めると、二匹の生き物が口を開けて噛みつきあっているようだ。亀裂のような細かい運河がその上にたくさん走っている。運河を切り取り線にしてばらしたら、さらに小さな島ができるだろう。角張った島、丸くカーヴした島、無くしてしまいそうに小さな島、大きくて単純なかたちの島……。
ヴェネツィアが島だという事実を、私は、自分の足で踏みしめてみるまでは実感がつかめなかった。自分のなかに子供のときからずっと巣食っていた『島』という言葉が、孤島とか、淋しさ、あるいは奇想天外なつくり話のなかの、南の海にぽっかりと浮かんだ緑の島、といったイメージには結びついても、繁華な都市のざわめきには繋がらなかったからかもしれない。日本という国についてだって、そこから外に出るまでは、自分が島にいるなんて自覚したことがなかった。さらに、ヴェネツィアが島とわかってからも、それがほんとうは、確固としたひとつの島ではなくて、自分がそれまでヴェネツィアと信じていた土地の半分以上が、人の手でつくられた浮き島に過ぎないと知ったときは、もういちど驚かされた」(「島」『地図のない道』*2
まったくそのとおりだった。干潟を干拓して陸地にする、ということは理解できても、そこに島を造り上げてこれほど多くの石の建物を建てるということは思いつかない。地盤がゆるすぎるし、それよりなにより島は自然にできるものだ、とどこかで思い込んでいる。海中深いカラント層に、硬い材質の木を無数に打ち込み、その上に、イストリア半島産の石材を積み上げて、島の基礎はつくられた。それがなんと五世紀のことなのだ。(pp.151-152)
地図のない道 (新潮文庫)

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