「フルビネク」

承前*1

理性と暴力―現象学と人間科学 (Phaenomenologica)

理性と暴力―現象学と人間科学 (Phaenomenologica)

休戦 (岩波文庫)

休戦 (岩波文庫)

「「未生の私」が「私」になる過程」(浜田寿美男)を巡って、浜田氏の「還元としての子供」から一旦離れる。プリーモ・レーヴィが『休戦』で記述したアウシュヴィッツの子ども、「フルビネク」;


フルビネクは虚無であり、死の子供、アウシュヴィッツの子供だった。外見は三歳くらいだったが、誰も彼のことは知らず、彼はといえば、口がきけず、名前もなかった。フルビネクという奇妙な名前は私たちの間の呼び名で、おそらく女たちの一人が、時々発している意味不明のつぶやきをそのように聞き取ったのだろう。彼は腰から下が麻痺しており、足が萎縮していて、小枝のように細かった。しかしやせこけた、顎のとがった顔の中に埋め込まれた目は、恐ろしいほど鋭い光を放ち、その中には、希求や主張が生き生きと息づいていた。その目は口がきけないという牢獄を打ち破り、意志を解き放ちたいという欲求をほとばしらせていた。誰もが教えてくれなかったので話すことができない言葉、その言葉への渇望が、爆発しそうな切実さで目の中にあふれていた。その視線は動物的であるのと同時に人間的で、むしろ成熟していて、思慮を感じさせた。私たちのだれ一人としてその視線を受け止められるものはいなかった。それほどの力と苦痛に満ちていたのだ。
だがヘネクは例外だった。彼は知覚の寝台にいたハンガリー人の少年で、十五歳だったが、たくましく、生気にあふれていた。ヘネクはフルビネクの寝台のかたわらで一日の半分を過ごした。彼は父親というよりも、母親らしかった。もし私たちのこの不安定な共同生活が一月以上続いていたら、たぶんフルビネクはヘネクから話すことを学んでいたと思う。(後略)
だがヘネクは小さなスフィンクス*2の脇に、物静かに、頑固に座り続けた。彼が発する悲しい力をヘネクは感じなかった。食べ物を運び、毛布を直し、いやな顔一つせずに、手際よく体をきれいにした。そしてもちろんハンガリー語で、ゆっくりと、辛抱強く語りかけた。一週間後、ヘネクはうぬぼれひとかけらも見せずに、重々しく告げた。フルビネクが「言葉を一言しゃべった」と。どんな言葉? よく分からない、難しい言葉だ、ハンガリー語ではない。「マッスクロ」とか「マスティクロ」とか言った。夜、私たちは耳を澄ませた。本当だった。フルビネクのいる方から時々音が、言葉が聞こえた。実際には、いつも性格に同じ言葉ではなかったが、確かに意図して発音された言葉だった。正確に言うと、少しずつ違う風に発音されている言葉で、ある主題、ある語幹、おそらくある名前を、色々と試しながら発音しているようだった。
フルビネクは命のある限り、その実験をかたくなに続けた。翌日から、私たち全員で、何とか聞き取ろうと、じっと耳を澄ませた。私たちの間には、ヨーロッパのあらゆる言葉をしゃべる代表がそろっていたのだが、フルビネクの言葉は分からなかった。いや、それはもちろん通報や啓示ではなかった。おそらく彼の名前だったのだろう。もしたまたま名前がつけられていたらの話なのだが。あるいは(これが私たちの仮説だったのだが)、「食べる」、もしくは「パン」を意味したのかもしれない。またボヘミア語の「肉」だったのかもしれない。これはその言葉を知るものが熱心に主張した説だった。
フルビネクは三歳で、おそらくアウシュヴィッツで生まれ、木を見たことがなかった。彼は息を引き取るまで、人間の世界への入場を果たそうと、大人のように戦った。彼は野蛮な力によってそこから放逐されていたのだ。フルビネクには名前はなかったが、その細い腕にはやはりアウシュヴィッツの入れ墨が刻印されていた。フルビネクは一九四五年三月初旬に死んだ。彼は解放されたが、救済はされなかった。彼に関しては何も残っていない。彼の存在を証言するのは私のこの文章だけである。(pp.32-35)
最後の「彼の存在を証言するのは私のこの文章だけである」という文は重い。これを読んだ私たちに「フルビネク」のことを忘却することを許さないような。勿論、私たちが記憶を担ったからといって、証言者としての(既に自死を選んでしまった)プリーモ・レーヴィの責任を分担することにはならないのだろうけど。「見てしまった」ことの「不幸」と責任については、取り敢えず末木文美士『仏教vs.倫理』の議論(特にp.100ff.)*3を再度マークしておくことにする。
仏教vs.倫理 (ちくま新書)

仏教vs.倫理 (ちくま新書)

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120518/1337267927

*2:レーヴィの註に曰く、「ここではフルビネクは、その出生や存在自体が謎に満ちていたので、「スフィンクス」と呼ばれている」(p.33)。

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060829/1156827266