羊の実!

永江朗*1「綿の悲しい歴史 膨大な資料で詳説」『毎日新聞』2023年1月21日


スヴェン・ベッカート『綿の帝国』という本の書評。
「膨大な資料をもとに(原註だけでも137ページもある)、綿と人間の歴史を詳述した大著」。


ヨーロッパ人はたちまち綿に魅了された。でもヨーロッパではワタの木は育たない。綿をつくるには、適した土地、そして労働力が必要だ。彼らは新大陸アメリカに目をつけた。土地は先住民から強奪した。労働力はアフリカの人びとを拉致して奴隷として働かせた。
アメリカで収穫した綿花をイギリスに運んで糸にして布を織る。綿布は世界中に輸出される。国境を越えて生産と交易と消費が行われる。(略)
先住民方の土地の収奪にしても、奴隷制にしても、そこではまず武装と暴力が伴っていた。抵抗する人びとは鞭打たれ、容赦なく殺された。著者はこのシステムを「戦争資本主義」と名づける。
戦争資本主義が産業資本主義の基盤になったのだと著者はいう。その典型が綿工場だ。かつて中米や南アジアで行われていた糸紡ぎは素朴なものだった。(略)ヨーロッパ人は畜力や推力を使って機械化した。やがて蒸気機関が登場して大量生産される。

国家はその後ろ盾になったり、前面に出たりして、綿の帝国を支えた。植民地というのもそうだ。大日本帝国も遅ればせながら競争に参加して、朝鮮半島や中国大陸に植民地を持ったのだから、日本人にとっても他人事ではない。
第二次世界大戦が終わり、多くの植民地は解放された。奴隷制度もない。だが綿の帝国はいまも続く。ウズベキスタンでは政府が子供たちに綿花収穫の手伝いを強制している、と著者は推測している。(略)
綿の帝国の歴史を見ると、人権問題について「欧米は教師面するな」と反発する中国の気持ちはちょっとだけ分かる。だからといって新彊ウイグルで起きていることを黙認してはいけない。(後略)
さて、「本書の扉には木の枝に羊がなっている絵が載っている。昔のヨーロッパ人が想像したワタの木だ」。それで思い出したのは、テオ・アンゲロプロスの『エレニの旅』の或る場面。洪水の後、流された羊どもが木の枝に引っかかってぶら下がっている映像*2。ずっと気になっていたイメージなのだけど、ヨーロッパ人はそこに「ワタの木」を連想するということなのだろうか?
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