最後の「ビスコ」

持田叙子*1平松洋子『父のビスコ』」『毎日新聞』2021年12月25日


平松洋子*2のほかの本と違って、


多彩な料理より金平糖コッペパン、「十円噴水ジュース」など昭和レトロな食物が主役となる。父と行ったご近所中華や母の作る祭りずし、買い物かごの蒲焼の匂いから親の戦争体験、ふるさと倉敷の川の流れがよみがえる。誠実な和の手仕事に魅せられるのは民藝運動の聖地に育ったゆえんと気づく。父は昭和3年生まれ。二度空襲に遭い、生きのびた。東京オリンピックの年*3に倉敷に家を建てた。美観地区の側なので大原美術館も倉敷民藝館も身近だった。父は最後の数年を介護施設ですごした。猛烈に本を読み続けた。「延命治療は不要です」と便箋に意志を書いていた。その父が死を前に食べたかったのがビスコ、平凡な子どものおやつ。三個を「わしづかみにしてぼりぼり囓る」光景はまさに食の原点である。亡き父と家郷への思慕がアジの記憶と溶け合う鎮魂の記。