「噂」に対抗するために

内田麻理香*1「信頼できる社会であることが重要」『毎日新聞』2021年12月25日


ハイジ・J・ラーソン『ワクチンの噂』の書評。
「本書は、人類学者のラーソンが、ワクチンの噂の”生態系”を解き明かし、その噂と対峙する姿勢を探る」本だという。先ず注意すべきは、「根拠の定かでない情報」を「デマ」と呼ぶことを避けていることだろう*2


誤った情報の噂に対処するために、わかりやすく科学的エビデンスをもとに説明して否定すれば良いと思われがちだが、これだけでは噂は消えない。なぜ、正しい説明だけでは解決しないのか。ワクチンには、個人やコミュニティの尊厳の問題もつきまとうからだ。ワクチンに対する不安を表明しただけで、医療者に「無知」と片づけられた者は、自尊心が傷つけられ、ワクチンに対する抵抗感や反発が生じる。本書では神学者倫理学者のスティーブン・パティソンの「科学者は、恐怖心や懸念を無知と決めつけ、中途半端に『合理的』な理由で論破することがないように」という言葉が引用されている。恐怖や不安に対し必要なのは、意見ではなく共感である。

絶えず生まれるワクチンの噂に対抗し、ワクチンの信頼性を高めるためにはどうしたらよいか。結局のところ、粘り強くより良い土壌を作りあげていくほか、近道はないのだろう。その肥沃な土壌は、政治、医療、企業……つまり社会全体の信頼が基盤となる。ワクチンが信頼できる社会は、私たちみんなにとって望ましい社会であるはずだ。