正常/異常を超えて

内田麻理香「科学によって思い込みを覆す」『毎日新聞』2020年12月5日


川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会』の書評。


ある年齢以上の人は、斑点の色が並んだ円の中から数字を読みとる検査をした記憶があるだろう。この石原表と呼ばれる検査法は、一世紀以上の歴史を持つ。二〇〇三年より、色覚検査は学校健診の必須項目から削除されたが、二〇一四年頃から、眼科医の訴えにより、学校健診での色覚検査の「復活劇」が始まる。著者は、このキャンペーンに「恐怖」と呼ぶのがふさわしい強い感覚を覚えたと率直に述べる。二〇世紀には、色覚異常と判断された者は、進学や就職も制限を受けるだけでなく、理不尽な差別を受け、家族も悩まされた。

著者は、軽微な色覚異常すら見逃してはならない、などの信念は、眼科医だけでなく行政関係者、マスコミ、当事者などの間で「共鳴箱」が作られ、強固になってしまったと指摘する。そして最先端の科学の知見を用いて、この共鳴箱を破壊し、色覚は異常/正常で区別できるものではなく、多様性と連続性があることを訴えるのだ*1

この色覚異常をめぐる思い込みを破壊してくれる本書は、ゲノム時代に生きる私たちに大きな示唆を与える。私たちは科学によって、様々な遺伝子的な特徴をもった多様な人たちで構成されていることが解明されつつある。求められるのは、自分と異なる他者を「異常」とみなすのではなく「私たちは多様で連続的なもの」として認識する態度であるはずだ。

*1:See eg. 瀬川茂子「遺伝の「優性」「劣性」使うのやめます 学会が用語改訂」http://www.asahi.com/articles/ASK963JY5K96PLZU001.html Cited in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170906/1504717798