
- 作者: 野坂昭如
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1972/02/01
- メディア: 文庫
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大野裕之「文学逍遥 野坂昭如『火垂るの墓』」『毎日新聞』2019年7月6日
大野氏は大学時代に野坂昭如講演会を企画したことがあるという。
京都大学の野坂昭如について;
当時の面影を求めて作中の池のモデルであるニテコ池に着いて、言葉を失うほど拍子抜けした。フェンスに囲まれた貯水池には野鳥がさえずり、池畔の巨木は周囲の豪邸や瀟洒な高級マンションが並ぶ街並みと見事に調和している。腹を空かせて、泥だんごで造ったおかずを「どうぞ、お上り、食べへんのん?」と言って死んだ節子。彼女が死んだ土手の上を、その日は日傘の女性がのんびり歩いていた。
『火垂るの墓』*1`は野坂の実体験をもとにしているが、実際は、妹はまだ乳飲み子で`別の場所で死んだ。また身を寄せた親戚との仲も良好だった。野坂が創作した「親戚に疎まれて家を出た」という設定こそ、本作を凡百の戦争体験ものと区別する。兄妹が命を落とした直接的な原因は空襲ではない。親戚の家を出なければ二人は生き延びることができただろう。「これは被災者が嫌がられて、結局は弱者が犠牲になる物語です」と、毎年夏にゆかりの場所を歩くツアーや座学を開催する「火垂るの墓を歩く会」の主催者・辻山敦さんは言う。困難な状況で助け合えず、弱者にしわ寄せがいく様は、阪神大震災でも東日本大震災でも繰り返された。『火垂るの墓』は、過去の戦争の悲惨さを伝えるだけではなく、現代に生きる私たちに弱者への眼差しを持つよう教えてくれる。
そういえば、大学祭に来てもらった時のことを思い出した。キャンパスを歩いていると、学祭中の学生たちが野坂とは知らずにさまざまなチラシを渡してきた。学生劇団、模擬店、中核派、新興宗教など数十枚のチラシを、作家はすべて丁寧に受け取った。思わず「そんなチラシ要るんですか?」と聞くと、「配ってる方は大変なんだよ」と返ってきた。ユーモラスなやりとりのなかに、彼が常に複数の眼差しの持ち主であることを強く感じた。
*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20150705/1436060833 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20151211/1449803224 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20171219/1513650469 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180407/1523067888 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180422/1524338055