Paul Auster on Edison

承前*1

空腹の技法 (新潮文庫)

空腹の技法 (新潮文庫)

ポール・オースターがラリー・マキャフリーとシンダ・グレゴリーのインタヴュー(『空腹の作法』*2所収)に答えて、トーマス・エディソンについて語っている。そこで語られている彼の「反ユダヤ主義」は信奉者の間では黒歴史になっているのかも知れない。


(前略)我が家はシートン・ホール大学のキャンパスから遠くないところにあって、私は二週間に一度、ロッコ理髪店という床屋で頭を刈ってもらっていた。学生や町の少年相手に繁盛している店だった。五〇年代後半のことで、当時は誰もがクルーカットにしていたから、しょっちゅう床屋に行く破目になった。ともかく、ロッコは何年もトマス・エジソンの髪を刈っていた人だった。店の壁にはエジソンの大きな額入り肖像写真がかかっていて、横には偉人の直筆メッセージが添えられていた。「よき友ロッコへ 天才は一パーセントの霊感と、九十九パーセントの努力からなる。トマス・A・エジソン」。電球を発明した人の髪をかつて刈っていたのが自分の床屋さんだと思うと、すごくわくわくした。私の頭に触れる両手が、アメリカ最高の天才の頭に触れたことがあると考えただけで、何だか自分まで偉くなった気がした。よく、こんなふうに思ったものだ。エジソンの頭脳で生まれたアイデアが、ロッコの指を介して、今度は僕の脳に入ってくる! エジソンは私の子供時代のヒーローとなり、散髪に行くたび、彼の肖像写真を見つめては、聖堂で礼拝している気分になった。
数年後、少年時代の美しい神話は砕け散った。 なんと、メンロー・パークにあったエジソンの研究所で、私の父が助手として働いたことがあったんだ。一九二九年、高校を卒業してすぐ雇われたんだが、たった数週間で、父やユダヤ人だと知ったエジソンにくびにされたんだ。私が崇拝していた人物は、実はひどい反ユダヤ主義者で、父に大きな不正を働いた悪党だった。『ムーン・パレス』ではこの話にいっさい触れていないが、エジソンに対する否定的な言及は出てくる。それが、私が抱くようになった私怨から出ていることは間違いない。(後略)(pp.408-409)
ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)